07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
calendar_bottom
            
映画 『万引き家族』

  

公式HP

 

映画館で見届けてきました。やはり『誰も知らない』の時の感触がよみがえってきました。しかしあのときに比べて衝撃が薄いのは何故なんだろう。大人のはなしになっていたせいもあるかもしれませんが、すこしも衝撃ではなかったです。監禁や死体遺棄やネグレクトの話題を耳にする機会が多くなっているからかなぁ。犯罪にしても情報としてして詳細を耳にすることが多くなっているだけで、以前にくらべて現実に増えているというわけではないのかもしれません。

 

ケン・ローチ監督の「わたしは、ダニエル・ブレイク」が2016年にパルムドールを受賞したとき、イギリスの中でもイギリス社会の貧困や社会制度の不備を描いて世界に評価されたことに反感を覚える人が多くいたというのを何時か読みましたが、おそらく今の日本の状況も全く同じ。パルムドールを受賞したというのにわりと静かめ。是枝監督は平素から安倍政権には批判的なのでそれも相まって国家権力は黙殺といった具合かと。まあ、いいけどね。

 

ここのところリリーさんは俳優としてかなりの実績かと思いますが、これで代表作が出来たかも。安藤サクラさんもさすが。もし近くにこの家族がいたとしたらどんな存在感かなぁと考えながら観ていました。やはり女性の生命力が強い方が結束にパワーがある気がしますが、信代はたくましい中にもあくが少なくて。花火の日の映像、海水浴以上にすきでした。

 

信代が捕まったあとで「すごくたのしかった」と言いますが、誰にもあんなふうに肌擦り合うように暮らすことへの憧れはたしかにあって。かといって今更決して出来ない。経済的な貧しさのせいだけではなくて、心もからだも寄せあって、笑い合える家族の姿。映画だからこそそこに置かれた一時の幻想なのかな。

 

 

 

 

[ 映画のじかん ] comments(8) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
京都行き

 

先週京都に出かけてきました。丁度地震と重なりましたが、さいわい余震も少なくてとりやめにはしないで済みました。住んでおられる方の実感にはやや遠く、なんだか申し訳ないような。

 

新幹線に乗って出掛けるということに対する感覚は人それぞれでしょうが、我が家にはとても特別なことです。こどもたちはふたりとも京都にいますので、親とこどもが地震の日の遅めの夜ごはんに揃いました。さいわい。さいわい。

 

家族とは穏やかななかにも歪なものをかかえている。それは悲しむべきことでもなく、ふつうのことかも知れません。ことが起きれば対処すべきでしょうが、そうでなければ笑い飛ばしておけばいいのかも。

 

1日とちょい、ヒールを履いて歩き回ったので思いの外背筋の筋肉痛が、、笑

[ つれづれ ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
坂爪真吾 著 「セックスヘルパーの尋常ならざる情熱」

何年も積んである山の中から読みました。上野千鶴子ゼミ出身の坂爪氏。障害者に対する性的なケアサービスをしている非営利組織ホワイトハンズを起業。性的なケアというものをどう考えたらいいのか興味深く読みました。旧優生保護法による強制不妊手術の問題もふくめて、何をどうとらえればいいのか僅かでも認識したいと思いました。題名の尋常ならざる情熱とは主にホワイトハンズの起業奮闘をさしています。

 

最低限の性の健康と権利とは何? 障害のことをひとまず置くとしても、性のことはいろいろな矛盾や不毛に包まれているはず。坂爪氏は「セクシュアル・リテラシー」と「ベーシック・セックス社会」という言葉を使っています。性に関することを客観的に理解したり肯定尊重できる力。

 

最低限を考える時、ホワイトハンズでは性を大きく3つに分けて考えているようです。そんなことすらワタシにはめっちゃ難しいなぁ。「愛情表現の手段(ラブ)」 「性的娯楽(エロス)」「生理現象(生殖機能)」。社会性のある方法でのケアの対象はその3つめのみ。具体的には射精介助。

 

女性については自慰行為に手助けが要らない場合が多いことなどもふくめ、性暴力被害の防止や妊娠出産の支援の方が優先順位が高いというとらえ。

 

セクシャル・リテラシーについても提案をしていますが、そのへんも面白いです。特定のパートナーとの性について据え膳は無い、恋愛はここ数十年の流行、恋愛より結婚の方が簡単、などなど。

 

恋愛結婚もそれとして、まず、据え膳ビジネスのカモになったりしない、誰かを性的に傷つけたり傷つけられたりしない、セクハラ・DV・性的虐待などについてもきちんと回避、担えるのはきもちのよいことに違いありません。

 

じぶんの性を肯定出来れば他人の性のあり方を尊重でき、他人からも尊重される。そのことで自己信頼を持てることは人との関係が薄れがちな社会のサバイバル技術にもなりえると書いています。

 

社会において、性を有害・規制対象としてとらえない制度というにはまだまだ塀が高そうですし、おおらかさとひとことに言っても複雑だなぁと思いながら読み終えました。

 

他人事にしてしまうような言い方になりますが、それでも、ふたをしたままにするのでなく、正面から考えてみるというのは気分のいいことだと感じました。うんうん、年齢にかかわらず風通し良く快適な、きぶんのよい社会は大切なこと。そういう社会のひとりになりたいものです。

 

 

[ 読書のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
晩柑 ほか

 

ワーフルハウス

 

 

 

 

玉木屋HP  仙太郎

 

 

[ おやつの時間 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
芦屋軒 牛肉佃煮

 

芦屋軒  おとりよせ手帳

 

前に神戸の方にいただいてとってもおいしかったのが印象に残っていました。今回ママが手土産に持っていきたいというので大急ぎで注文しました。大概人気のあるお取り寄せというのは1週間は軽くかかったりしますが、こちら、すぐに送って下さいました。注文したはいいが間に合わなかったではヨメの勤めが果たせませぬ。(笑) 

 

電話をかけさせていただいたのですが、その受け答えがこれまた素晴らしく優しくて。関西弁にもいろいろありますが、それぞれの県によってまったくちがいますよね。ワタシは神戸が一番なじみが無くて。ああ神戸の男さんはこんなふうにお話しなさるのかなぁと思いました。そう、神戸の男さんといえば田辺聖子さんの小説に出てくるような、あんなイメージでしょうかね。ふふ。

 

佃煮といいますが、牛肉の缶詰をとっても美味しくした感じでボリュームもしっかりあります。いわゆる小魚の佃煮とはちがうもの。年配の方も絶対おすきだと思います。やわらかいし、辛くなく。封を切ったら即ご馳走で、かつ40日の日持ちです。お食事ちゃんとなさってるかなとか、食欲どうかしらとか、そういうお見舞いにも最適かと。

 

神戸は焼き菓子やパンがやはり美味しいところだなぁと思いますけれど、もちろんお肉もね。

[ おやつの時間 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
映画 『トム・アット・ザ・ファーム』

 

公式HP (2013年)

 

サイコサスペンスと聞いてさほど気乗りしなかったものの、愛の物語よりうんと面白かった気がします。つづけてドラン監督。原作は演劇脚本。芝居を観に行って映画化したそうで、若き監督はインタビューで次のように。

 

「戯曲を書いたミシェル・マルク・ブシャールは、訪問者と受け入れる側の双方の視点を見事に描いていた。その一方で、都会VS 田舎という、ありがちな優劣構造を避けていた。2人の男性主人公の関係の残忍性が、舞台ではエレガントで美しく、その暴力的な荒々しさを映画でどう表現するかイメージできた。さまざまな感情を引き起こす戯曲だったが、そこで描かれていた恐怖や不安といった感情は映画表現に向いていると思ったし、その斬新さはまさに自分が求めていたものだった。」

 

出かけることもできない必然もありつつ、ワタシはあんなにすきだった演劇にこのごろ興味を失っていますが、やはり演劇的なものごとのなぞり方が好みに合うなぁ。

 

 

 

暴力による支配、服従の陶酔、屈折したこころ、憎悪と好意。

 

本作でも男同士でタンゴを踊るシーンが印象的でしたが、かのブエノスアイレスもしかり。アルゼンチンタンゴ発祥である19世紀のブエノスアイレスは出稼ぎ労働者がひしめく港町。日頃の鬱憤のはけぐちとして男同士で荒々しく踊ったのが始まりなのだそう。そうか、そうか。

 

ラストシーンで車のハンドルをつよく握りしめたトムは、前に進むのかUターンするのか?

 

[ 映画のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
映画 『わたしはロランス』

  

公式HP (2012年)

 

 

とりあえずは、今は、愛の物語には興味ないような気がしますが、濃い青色の壁紙には興味ありありです。

グザヴィエ・ドラン監督はまだ30歳にもならないくらいでしょうが、ワタクシ、目下、作品をさかのぼり中。

色も音楽も素敵です。いつも思いますが、音楽のしめる部分は大きい。トランスジェンダーについては、このへんのことを思い出しつつ観ました。

 

 

 

マイ・マザー (2009年)  

たかが世界の終わり (2016年)

 

[ 映画のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
阿部展哉・・あくなき越境者 展

 公式HP

 

昨日、ともだちが急に半休になったと言うので、現美に出かけることになりました。現美に行くときは展覧会を観るためもありますが、現美のある比治山に上がって空気を吸ったり木々を見たりするお散歩が目的です。

 

阿部展也という人を知らず。もとは瀧口修造の詩画集の画で有名になったかただそうです。大正2年のお生まれ。前衛写真の運動や、フィリピンで報道部として従軍し、戦後はシュールレアリスム・アンフォルメル・幾何学的抽象と変転して晩年はイタリアで過ごしたのだそう。

 

それって太郎さんと同年代?と思いましたら、やはり太郎さんよりふたつ年下でいらっしゃいました。

 

 

既視感がある感じがするのは時代なんでしょうね。ワタシたちはこういうものをモダンとする時代の中で育ったということなのかな。阿部さんたちがやっていたアトリエ研究会(1940年代後半から10年ほど)というものにイサムノグチも訪れていたといいますから、なるほど。イサムノグチは9歳上の同時代人。

 

  

 

 

比治山に山鳩がいました。子供の頃からずっと声は聞いているのに、間近で見たのは初めてでした。山はもう若葉の匂いはせず、青葉の季節になっていました。

 

[ 美術のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
立 夏

 

時間のポケットみたいな数日ですね。しごとの予定がぽつりぽつりありますし留守にすることは出来ないので普段通りといえそうなんですが、それでも何だかすこし違う。

 

今春就職したムスメは初めてGWに帰省してきませんでした。大きい連休が取れなかったこともありますが、社会人になったのだしそれはそれでいいと踏ん切りがついたようなきもちもあります。

 

連休中にママのお誕生日もあって、自分なりにご馳走をつくりお祝いをしました。ささやかな平穏無事、ささやかな努力。

 

年齢や環境にかかわらず誰もが探しているものでしょうが、どんな暮らしが快適か。足したり引いたりしたらいいものは何か。じかんに余裕ができたぶん、そのことはよりたいせつに、切実になりました。


杜若、去年初めてひとつだけ咲いて、今年はみっつ咲いています。花もうれしいですが、風にそよぐ葉っぱがご馳走です。

[ つれづれ ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
門井慶喜 著 『 銀河鉄道の父 』

 

そうそう、そういえばおらおらでひとりいぐもを読んだのでつづけてこれを読めば賢治と仲良くなる好機と思ったのでした。「おらおらでひとりいぐも」は賢治が最愛の妹のとしをなくして書いた詩「永訣の朝」にある「Ora Orade Shitori egumo」というローマ字の一行からとられた題名だったことと、彼岸や此岸のイメージ、東北弁の語感のようなものも賢治の影響のように感じたからです。

 

賢治の文学には触れない小説にしようと思ったと著者の門井さんがおはなしなさっていたのを読みましたが、そのことがこの小説を読みやすくたのしいものにしたのではないかと感じました。生涯夢を追いつづけた賢治を父親の目線で描き、厳格さと親ばか加減が半端ない父政次郎の姿を描いています。

 

篤い浄土真宗の徒であった父親と法華経にのめり込んだ賢治の関係、経済的に父の力を借り続けた賢治ということはよく知られたことですが、そのことをフィクションの力でわかりやすく読ませてもらうことができました。

 

小説のなかの賢治も政次郎もわかりやすくてカッコ悪いです。そこが魅力的でした。最愛の妹のとしが学校に勤めだして賢治の相手をしてくれなくなったら法華経にのめりこむ。そのうえ父親の浄土真宗の対する熱があればこその法華経で、父に認められたいきもちがありありで甘ったれていて。それで父親に論争をふっかける、本気で言い合ってしまう政次郎。

 

門井さんがそう感じられたからそういう展開になったんだろうなぁと思いますが、としが亡くなったことをあきらかに自分の詩の糧にした賢治への政次郎の怒り。切実な悲しみを道具にした。詩人としてそれはいいもわるいも無いことですが、そうだなぁそういうことだなぁと思います。

 

人はきれいなものでもかっこいいものでもないし、それは亡くしてしまったのちもそう感じます。ワタシ自身のたとえば父親に対してもそうだし、それはみんなきっとそうだろうと思います。立派なばかり、純粋なばかりなんて無い。そういうものだね、という物語に流れる空気にやさしく包まれます。

 

門井さんがインタビューで話しておられた中で印象的だったのは、「家族って必ずバラバラになるものだと感じています」という言葉と、「家庭というものは必ずしもハッピーエンドにならない。離れ離れになるのが当たり前だ」というあたり。

 

賢治は政次郎より先に亡くなってしまうわけですし、人はひとりで死ぬ以外の死に方はないわけで。大きくなった子供をもつ親なら、子供には子供の人生があってそういう意味で親と子のあれほど親密だった関係は消えてしまうのだと思った方がいいと感じているのではないでしょうか。

 

そのことに意識的でもあり、わかっているつもりでも、やはり言われてみてあらためて知るような気持ちにもなったのでした。

 

愛情かどうかはともかく、こどものことほど人の執着を動かす動機になるものは他に見つかりにくいように思います。それ故親子関係は普遍的におもしろい題材なのでしょう。

 

[ 読書のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM