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映画『 沈黙 』『 LA LA LANDO 』

  

 

どちらも映画館で観れてよかったなぁ。

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映画 『 たかが世界の終わり 』

 

2016年

原作 ジャン・リュック・ガラルス『 まさに世界の終わり 』

監督 グザヴィエ・ドラン監督 ( Mommy/ マミー )

俳優 ギャスパー・ウリエル  / ナタリー・バイ  / レア・セドゥ / ヴァンサン・カッセル / マリオン・コティアール 

音楽 ガブリエル・ヤレド

 

観終わってから知ったことは、もとは舞台劇の脚本だということです。それで、ああも息がつまりそう。未だに28歳のグザヴィエ監督の前作は観ておらず。役者が豪華ったらありません。レア・セドゥにつられて観に行ったような気もするぞ。

 

どうやら原作の『まさに』は『たかが』に少し変えられているらしい。まさに と たかが の違いはなんだろうなぁ。

 

劇作家として成功した34歳のルイは自分の死がちかいことを家族に告げる為に12年ぶりに帰ってきたらしい。迎えるのは母親と兄、妹のシュザンヌと兄嫁のカトリーヌ。 母親は必要以上にはしゃぎ(ああ、ひとごとではないわ)、兄は同性愛の弟を理解できないし、どうやら日ごろから怒りを爆発させたりしてうまくないらしいことが察せられる。ルイが出て行った時にはまだ幼かったらしい妹はルイを歓迎しているけどぎこちない。ギクシャクする家の中に平素から身を置いている唯一の他人であるカトリーヌがいちばんルイの帰宅ときもちを理解したのかもしれない。

 

ルイは告げようとしていたことを告げることもなく、家族はより傷つけあった形で終わる。これといった事件は起こらず、しかし息がつまる。家族とはそういうものだと思う。思い合ってはいるのだけれど、傷つける言葉をつかってしまう。本気なのかどうかもわからない。言いたいことの何も通じない。

 

ドラン監督はカンヌの授賞式でこうコメントしたそうです。『 登場する人物は意地悪く、時に毒を吐きますが、何よりみな心に傷を負った人たちです。彼らは我々のまわりにいる人たち、母や兄弟、姉妹たちの多くがそうであるように、恐怖を感じ、自信を失い、愛されていると確信できないで生きています。そんな登場人物たちの感情を描き出すことを目指しました 』。

 

いやはや草臥れますよ。映画でまでこんなものに直面すべきかどうか。表だっているかどうかはわからないけど、どこの家にも必ずあるものだから。心の揺れや痛みに寄り添わずには観れないから。音楽にも確実にやられます。

 

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Natural Blues (Moby)

 

映画「たかが世界の終わり」の挿入曲。Mobyとはレイブ音楽の人だそうで、それってなんだっけ? 元は80年代後半イギリスの若者たちが、新しい音楽とドラッグの流行に合わせて行うようになった夜を徹してのパーティー。辺鄙な倉庫や農場や廃屋などで大規模に行われ、享楽性と独特の連帯感などが魅力。

 

で、このMobyというお方はレイブ音楽にかかわる人にしてはめずらしくドラッグはせず、菜食だそう。ブリトニー・スピアーズにも楽曲提供しているほか、TVCMや映画音楽も多々。いちばん好きな映画監督は北野武とWikiには書いてあります(^_^)

 

 

 

 

 

 

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Home is where it hurts (Camille)

 

映画「たかが世界の終わり」の挿入歌。カミーユは2008年にはすでに来日ライブを行っているそうで、資生堂のインテグレートのCMにも楽曲が流れている。

 

 

 

 

 

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ティージュ の 紅茶

  

紅茶の専門店ティージュ

 

リーフティーをいただきました。ふだんフレバリーのお茶はあまり自分では飲みませんが、キャラメルカスタードの風味でした。どうやら人気のお茶だそうです。ワタシはミルクを入れてやさしく。ティーバックもポット用、マグ用、ティーカップ用と種類がある親切さ。ともだちが来たらおいしい紅茶を入れて迎えたいと思います。

 

 

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遊び座 能の会『 蝉丸 』

 

1カ月ほど前に観に行きました。そうそう駅伝の日でしたから22日かなぁ。相変わらず、お能とはこういうものなんだなぁと観ているばかりですが、まあ、よしよし。地謡はプリントして持って行きました。居眠り防止。笑

 

『蝉丸』は作者不詳。場所は逢坂山。季節は秋で、能の演目としては4番目に演じられるジャンル、狂女物に類するそうです。

 

どうやら1日中お能を上演する場合、1番目(脇能物)には神様が主役、2番目(修羅物)には武士の男が主役、戦で人を殺しているのでその修羅の苦しみを嘆く内容。3番目(鬘物)女が主役、天女とか精霊も。4番目(雑能物)狂女が主人公、苦しみの果てに鬼になってしまう場合も。5番目(切能物)人間で無いものが主役、幽霊、妖怪、天狗などなど。人間界でいいことや悪いことをして自分の世界に帰っていきます。最後の演目なのでキリ。

 

平安時代の聖帝と謳われていた延喜帝(えんぎてい)の第4皇子の蝉丸は盲目故に逢坂山に捨て置かれた。その姉の逆髪も異形故に都を追われた。琵琶の上手な蝉丸のひく琵琶の音。その音にひかれてふたりは再開する。

 

逢坂の関( 京都山城・近江国境)を往来する人々はあたかも輪廻の道を往来する人間の魂のよう。皇子と生まれながら底辺に生きる身になった運命の皮肉と無常観。逆髪はやがて弟の手を振り切って旅だっていく。

 

ストーリーというほどに物語は進展せず。ゆっくりと捨てられる蝉丸と、逆髪との再会、別れを味わうのみ。もともと蝉丸は、平安時代成立の『今昔物語集』では琵琶の名人・敦実親王に仕える使用人で、盲目の身となってからは逢坂山に独り侘び住まいをしていた人物とされているのだそう。キャラクター設定は変わっても、零落や別離といった人の常はいつも心に響くものなのでしょうね。

 

百人一首の「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」も蝉丸の作とされています。近松の浄瑠璃にも女の怨念で盲目になるおはなしの演目もあるそうで、アレンジされても基本のキャラクターを知っておけばたのしい気がします。

 

 

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映画『 破門 ふたりのヤクビョーガミ 』

   公式

 

蔵さんの出演映画を久しぶりに観ました。はいはい、久しぶり。だってねーー。バイプレイヤーでいてほしいと思うんですが、誰もふぁんの思うようなしごとばかりをするわけでなし。この作品だって橋爪さんも出ていらっしゃれば國村さんも出ていらして。なんていうのか、役者さんのセルフプロデュースのありようというものは難しいものなんでしょーねーー。

 

兎にも角にも。まあ、ワタクシとしましては蔵さんに義理立てたいものの、無理は禁物という具合。笑 山登り映画とか、嫁さんが幽霊になって帰ってくるのとか、またも参勤交代するやつはお休みした次第です。

 

でね、こののんきな映画を観に行きましたよ。いや、もうのんきのんき。集客しているのか、評判はどうなのか、なんてことはもう気にならず。続編が出来ようが出来まいがそんなこともおまかせ気分。蔵さんのビジュアルにうっとりするわけでもなく。お気楽に、ここちよいお気楽映画を観たのでした。めでたしめでたし。

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小川軽舟 著 『 俳句と暮らす 』

 

年末に出た新書で、読んだのは新年すぐだったかなぁ。熱をこめているというわけではないのですが、以前よりじぶんのなかの配分を高く取られているのが俳句です。だいたい「俳句とはなんぞや?」ということからしてわからない。自己表現じゃあないのね? 感情をさしはさまずにまんま詠むってことは当たり前のことしか言わないんじゃ? とかとかとかとか混迷中です。笑

 

俳句というものは座のものだとか申しますけれど、とりあえず人目にさらしなさいとウチの俳句の先生が仰るのでございます。つうじるかどうかってことなのですかしらん。結社に入らないんだったらせめて新聞投句からしなさい、とか。ほーー。句会の前日にちょちょっとでっちあげるんじゃダメですか。やっぱね、そうなんでしょーねーー。

 

「なんぞや?」の考え方にはおそらくそれぞれあり、それはそれでよいのでしょうが、自分なりの漠然としたなりの納めどころが欲しくなってきた感じです。

 

小川軽舟さんは「」という結社を藤田湘子(水原秋桜子の弟子)から引き継いでいる主宰です。大先生ではありますが昭和36年のお生まれ。同時代人という心やすさを勝手に感じるところがあります。主宰でありながらサラリーマンをなさっているままで、かつ単身赴任中。そのあたりの生活感もそのままにサラリと読ませる一冊。

 

ちょっとおもしろかったのは、世には愛妻俳句とでも呼べばよいようなジャンルがあり、名句が多々あるらしいということ。草田男の「妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る」や、森澄雄の「除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり」。いやはや素晴らしいけれど、多く賞味すればいささか戸惑わないでもない。男というものの多くは妻に依存的であるらしい。

 

それに対し亡くなった夫を詠んだ句というものはわりあいあるけれど、生きている夫を詠んだ名句はほとんど無いらしい。さもあらん。

 

 

死ぬときは箸置くように草の花   軽舟

 

 

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大津菓子調進所 鶴里堂 彌生

 

 

滋賀びわ湖観光情報

 

びわ湖の南西岸にある大津は、そのむかし近江大津宮の都があったくらいですから歴史のある土地柄。石山寺や三井寺もありますね。なぬ、近江神宮はかるたの聖地なんですって。ああ、「ちはやふる」にも出てきました! ともだちや恩師もびわ湖のまわりに住んでいるので、ワタシには親しみを感じる土地でもあります。そうそう、大津絵もありますね。

 

大津のおみやげに最中をいただきました。大津菓子という言い方は知りませんでしたが、京菓子に対して大津菓子だそうです。最中の片面は桃色の皮です。何の図柄なのかなぁ。もう片面はふつうの色で家紋でしょうか。両方の皮にサンドされている感じの薄い餅に包まれた餡。名前は彌生だそうです。彌生の近江、彌生の大津、行ってみたいなぁ。

 

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袖をつめる。

 

お正月にねー子供たちが帰ってきてて、久しぶりに羽根つきしましたです。

 

それから息子が買ってきた古着のね、袖丈をつめました。そんなことをしたことないから不安だったけど、カフスを外して、切って、もう一回カフスをつける。はじめてのことをするって、何でもおもしろいですね。

[ つれづれ ] comments(2) / trackbacks(0)
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