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フラワーセラピー

 

しごと場でフラワーアレンジメントの教室を季節に1度ずつすることになりました。

 

花は好きですが特にセラピーと言わなくてもいいんじゃないか?みたいな気分がワタシの何処かに。何でかなぁ。夏に始まって、今回2度目です。

 

ユーカリのいい匂いがして、ブルースターはオトメゴコロをそそり、スプレー薔薇とトルコ桔梗の濃淡はやさしく。ブプレウルムは可憐。

 

セラピーと呼ぼうが呼ぶまいが、花から素直にもらえるものはもらえばいいですね。受け取ろうとするきもちを開かないと、きもちの上でも花があることをただそれとして片付けてしまうかも。

 

そう思えば虚飾の花というものもあり、それはそれで別の役割を果たしているものだなぁ。

 

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ラリエット・アン・ジェイコブズ著「ある奴隷少女に起こった出来事」

ともだちが本屋で買ったばかりの本をうちに忘れて帰ったので、拝借して先によみました。てんで食指が動かなければ別ですが、じぶんでは選ばないであろうものを読むのもなかなか良いなぁと思いました。


その壮絶さに思いを馳せるということさえ出来はしないのでしょうが、もう少し奴隷制度の周辺のことを知りたくなりました。


どんな社会であっても人が人を虐げるということはおそらく回避することが出来ず。普遍的な何かを教えてくれるのだと感じました。

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河合香織 著 『 セックスボランティア 』 

 

先日の「セックスヘルパーの尋常ならざる情熱」につなげてもう少し読みたいと思い手にしました。実際の障害のある方への取材や、先進国オランダでの取材について書かれていました。生きること自体の困難や、先進国といえどもさほど洗練された事情ではないことなど。それでもセクシャリティーというものは生命力にかかわる大きなものに違いありませんが、これといった希望の道筋というものは見えにくいのだなぁと思って読みました。

 

人と人との関わりというものも心地よくばかりいかない上に、セクシャリティーを共有するということは障害の有無に関わらずかなり難しいことですね。この前の坂爪さんが言っていたように恋愛なんて近年のブームに過ぎないと承知していてさえ他に共有の根拠が無いように思えます。ある意味コミュニケーションの能力に長けていれば手に入れることができ、長けていなければ手に入らないという、運も含めた、動物としてのサバイバルの面も無きしもあらず。

 

障害者のことに立ち戻って。しんどいことだなぁと受け止める以外に出来ることは何もなく。河合さんの考えながら歩かれた道を少しだけ分けてもらったのでした。

 

 

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"TV SESSIONS!" 田島貴男&長岡亮介

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炎暑の名残り

 

 

何の写真かわからないですねー。ガンガン暑かった8月のあいだに、ろくに水もきちんとやらないのに、外にほったらかしにしているストレチアとモンステラに子株が生えておりましたとさ。たくましく育っておくれよ。

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映画 『 ラブレス 』

  公式HP

あらすじはこうです

 

2012年のモスクワ。一流企業に勤めるボリスと美容サロンのマネジャーをしているジャーニャの夫婦と、息子の名はアレクセイ。夫婦には互いに恋人がいて離婚をすすめたいのだけれどボリスの会社の経営者は厳格なクリスチャンで離婚がばれればクビになってしまいます。何よりも問題はアレクセイをどちらが引き取るかということ。互いに押し付け合う両親の罵り合いを聞いているアレクセイは声を殺して泣いています。そしてある日アレクセイの姿が見えなくなってしまいます。

 

 

 

自分のことにばかり関心があって、利己的なこの夫婦はワタシたちだと思わせられます。映画としての魅力を生かした上質な作品になっていると感じました。その利己的なエゴイスティックな人格の対極なのか、アレクセイを探すための捜索救助ボランティアのキビキビした働きが描かれます。捜索のシークエンスこそが本作のハイライトと受取っていいのでしょう。

 

森を、廃墟を、捜索するボランティアが アレクセイを呼ぶ声が印象的でうつくしいです。捜索は刻々と展開していき両親も行動をともにしますが、しかし彼らのきもちの真ん中は変わることはありません。

 

ご丁寧に捜索から数年後のボリスとジャーニャも描かれますが、現実という名の壮絶な悲劇ということでしょう。他者によっておいこまれたじぶんのしくじりをチャラにすることによって、輝ける日常を手に入れようとしていたふたりは、今も新たなしくじりの中にいるようにしか見えません。

 

スビャギンツェフ監督は、人が本当に変えられるのは自分自身だけだということを語っていました。そのことは多くのいい年をした大人は皆わかっているはずのこと。自分が変わってこそ世界は輝きもし、満たされもする。何故かその肝心のことを人は忘れてしまうものらしい。新しい現実が押し寄せてくるとつい忘れてしまう。

 

監督の映画には必ず神が大きく存在します。しかし神は裁くわけでもなくただ問うているようにワタシには感じられます。他人は目的達成の手段と思い、興味を抱かない。思いやることが出来ない。無関心から抜け出すの方法は他者に尽くすことだと監督は語ります。人間性の喪失と戦う唯一の方法だと。

 

子供ですら自分の欲望を満たすために慈しむワタシたちなのだろうと思います。 自分以上に誰かを慈しむことはできないとしても、果たしてどう生きるのか?

 

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映画 『 モリーズ・ゲーム 』

 

「女神の見えざる手」の主演女優さんと同じ方ですな。ジェシカ・チャスティンと仰るらしい。お名前覚えられないわ、たぶん。

 

以前にはまっていたドラマの「ザ・ホワイトハウス」でアーロン・ソーキン氏の繰り出すテンポのいいセリフの虜になったのですが、そういえば「ソーシャル・ネットワーク」や「スティーブ・ジョブズ」も監督したわけではなく脚本だったですねー。これが初監督作。ソーキンさん、人間に迫るのが好きなんでしょうね。面白いんだろうな。これも実話ものです。

 

この頃、はるか昔「ダンス・ウイズ・ウルブス」の頃にすっかりワタシをウットリさせてくれていたケビン・コスナー氏を、おりおり手堅い役で拝見出来てうれしいです。うふふ。ウットリは出来ないけどね。

 

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処 暑  8月23日から9月7日

 

やはり八月というのは何処かもの狂おしく過ぎてゆくものですね。ことさらに今年の暑さときたら。

 

というのに、欲張りなのは相変わらずです。何十年も前を過ぎる度にただウインドウの反物を眺めていた呉服屋さんの、店じまいの幕が目に飛び込みました。きものなんて無くったってなーんにも困らない。着てくところも、着る時も無い。夏の着物はことさらです。

 

でも買っちゃったんですよねー。そのわくわくと、払う対価が見合っているかどーかなんてわからないけど。客観的にはわざわざ買わなくてよし! それも大枚借金してまで。

 

店じまいといってもお引越しだそうです。引っ越した先のお店に、お金も払いに行かないといけないですが、どうやら欲張りにかられにも行くつもりのようです、ワタシ。わくわくをなけなしのお金で買う?? むずかしいところだなぁ。

 

 

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36候 大雨時々降る

この場合夕立のことを指すのかなぁ。台風や豪雨もこの時期なのかしらん。36候は今日から8月7日の立秋までのあいだ。

 

自分もあきらかにいろんな場面でみっともないですが、人のみっともなさはよくわかります。みっともないなぁは愛しいの一部分として感じることが多く、割合「嫌い」には直接は繋がりません。

 

自分の場合も許してもらうしか無いのですが、出来ることならあまり晒したくはありません。まあ、中身が出ちゃうんだから仕方ないか。

 

ちょっと印象的な出来事があって、そのことは何が招いたのかとぼんやり考えているところ。みっともないを披歴させてしまう方にも幾らかの足りなさがあるのかも知れません。

 

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七月尽

 

亜熱帯のごとき、いのちがけの七月が終わりました。これから先、ワタシたちを待つ毎年の七月はずっとこんなふうなのかな。

 

本も少しは読んだり映画も観たりしましたが、パソコンの前に座るのが億劫で。かといって紙に日記をつけるわけでもなく。まあ、ぼちぼちと。

 

今朝は少し涼しくて、毎年頂く鈴虫が、初めて鳴きました。オークションで買った丸テーブルが届きました。

 

 

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