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午後の日 岡本太郎 作
 

  午後の日 は 太郎さんの墓標にもなっていますが、何個かあるんです。






 ウチのタロウちゃんはお顔がちょっと シュッ としています。
 で、ごはんを食べます。今日のお昼は、小松菜とかぼちゃと白いごはん。

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鶏頭はあまりに赤しよ
            

さて、10月も目前! どうしたものか! あんなことやこんなことも書いておきたいけど、夜更かし癖がついてしまうのも困りものです。

えーと、そういうことはよくあるのですが、ママンが記憶の中から引っ張りだしておいでになった短歌など、作者はだれだったかしら?などといってごはんやお茶の時に検索する。若いときにあれもこれも暗唱なさっておいでになったんでしょうね。尊敬。

今日は、「そうそう、夢の中で思い出したの」と仰せに。ええ、ママンは夢のはなしというのもよくなさいます。昔は面食らっていたものですが、もう慣れました。ハハハ。

で、その思い出された短歌。


鶏頭はあまりに赤しよわが狂ふきざしにもあるかあまりに赤しよ
                         ( わが最終歌集 所収 )

どことなく、遠慮会釈ないクレージーさの表出というものは、ワタシが知っている人の中のイメージでいうと岡本かの子
だなと思いつつ聞いておったのでございます。しましたら、まぐれで正解となりまして、なーんか忘れない短歌になるような気もいたします(笑)。

簡単に検索して他に出てきましたなかですきだったのはこんなの。どれも代表歌なのでしょう。


ともすればかろきねたみのきざし来る日かなしくものなど縫はむ
                             (かろきねたみ 所収 )

力など望まで弱く美しく生まれしまゝの男にてあれ
                 ( かろきねたみ 所収 )


太郎さんのことですね。願われたような男になられたのかもしれません。


かなしみをふかく保ちてよく笑ふをんなとわれはなりにけるかも
                       ( わが最終歌集 所収 )


かの子のように生きたいなどとはけして思いませんし、もしも望んだところで叶いもしませんけれど。かの子は50歳になる前に死んだのだなと思い出し。短歌を詠んでも暑苦しいほどの生命力というか強さでもあり、魅力的でもあるなと。今日はかの子の短歌に出会えてよかったなと思いながら眠るとします。


■  関連  瀬戸内晴美 著 「 かの子繚乱 」 
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ドラマ 「TAROの塔」 1と2




脚本家の大石静さんのページに伺ったら、TAROの塔の初回のことを褒めていらしてとてもうれしかった。ワタシは誰に肩入れしてドラマを応援しているのか自分でもわからないけど、おそらく太郎さんご自身のことを面白い!と思われたいと思っているのじゃないかな?自分がとっても面白く感じているから。

端々まで豪華な役者陣がうまく機能すること、大森さんの脚本がうまく流れてゆくことももちろん期待している。本当なら、太郎さん大好きの田島貴男に主題歌を歌わせたかったけれど、美輪さんの歌はドラマの濃度に妙に似合っていると思うよね。

太郎さんのアトリエは雑誌などではよく見ているけど、行ったことがないです。ドラマの美術デザインは大石さんの「セカンドバージン」と同じ深尾高行さんだそう。「セカンドバージン」も雰囲気のあるセットになっていた、そういえば。わたしはかの子の机まわりなどのしつらえも好き。風変わりなかの子は、家の門を蔦に絡め取られたままにしていて、小さい出入口からみなは屈んで出入りしていたというけれど、そこらへんは出てこない。

太郎さんとバタイユのはなしも昨夜分でおしまいだろうね。秘書や恋人や綺羅星のような文人や漫画家たちも、一切合切出てこない。だいいち、場の流れが過去と万博前を何時も行き来しているのに面倒な気持ちにさせない大森さんの手腕は流石だと思う。何を捨てて何を伝えるか見定める力量。何せ捨てる量が膨大だもの。あと、セリフの選び。

「地獄を見る覚悟がなければ作品はできない」だとか、「最初に自分を認めるのは自分なのよ」とか、「孤独を知らないことこそが芸術家には不幸」だとか。太郎さんやかの子の言葉の鮮やかさが、役者から立ち上がってくる。あの言葉の圧力。

寺島さんのかの子は面白いけれど、安心して見ていられるのは田辺さんの一平のおかげかなと思う。どうですか?まあ、現実、クレイジーなかの子が生活できたのも作品を書けたのも一平さんのおかげだし、一平さんもかの子に魅入られてああまでしたのだからドラマにしてもそうなるわけか。これまで田辺さんを特別に好きと思ったことはないのだけど、一平が田辺さんでよかったと思う。あと若い太郎さんを演じている濱田くんもいいと思う、などとと偉そうにねぇ。

2回目に登場というのでたのしみにしていた手塚さんだけど(あの髪くるくるでパリで味噌汁食べてた人ね)、案の定の瞬時の任務完了。一言だけ言わせて、あのニュアンスを説明しつくすのは手塚さんしかおられまい。役割は鹿男のときと同じ。ああ、しかししかし、もそっと見たかったね、手塚さん。

太郎さんよりよほど毛深く(笑)、ちょっとコントにも見えてしまふ松尾さんだけど、応援してます。
ドラマ公式




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瀬戸内晴美 著 「 かの子繚乱 」

                         

太郎さんブームの余波で、30年ぶりに「かの子繚乱」を読んだ。なぜはっきり30年前と覚えているかというと学校の課題で次々読んだ中の1冊だったからだ。森鴎外だとか有島武郎だとか、遠藤周作や澤地久枝、どういう脈絡なのか今やわからないけれど先生の選択に従ったのだった。当時のワタシはこれを大人のこととして遠くに読んだのだろうか?あるいは大人といっても大人らしくはないわと思ったのか、もう思い出せない。

今の率直な感覚というのは、「やれやれかの子、業の深いオンナだぜっ」て感じだ。もちろん作品はすばらしいと思ふ。エネルギーにも圧倒される。しかし今、50歳で亡くなったかの子の欲張りっぷりというのは、普通のおばさんをやっているワタシから見て微妙かなぁ。自分に引き寄せてみるのが間違いかもしれぬ(笑)。谷崎潤一郎など、かの子を寄せつけなかった。当時かの子の傍にいた女流作家たちも出てくるが、おおかたワタシが今抱いているのと同じような嫌悪と羨望を同時にかの子に抱いていただろう。かの子のようになりたいわけではけして無いのだ。

太郎さんの方から近寄ってみれば、それは紛れもなくかの子の息子だよ太郎さんは、と思ふ。芸術に全身全霊を擲つ、生命力のすべてを注ぎ込む。それはアタマで考えてできることではなくて、生まれ持った人間の性状がそうでなければ出来ぬと思ふ。

そしてかの子がどれほど太郎さんを愛しんだかも泣きたいほどにわかる。あれほどの欲深いオンナであれば、息子のことは舐めまわしたいほどに愛しかったことだろうよ。太郎さんは「手がつけられないほどに」ハハは自分に甘えたと書いている。そして、赤ん坊の太郎さんをほったらかしにしたかの子の気持ちもよくわかる。ハハなぞ、そういうもんだとワタシは思ふ。

もともと夫の一平はかの子よりよほどメジャーで、一流の漫画家だった。太郎さんの芸術にも繋がってくるが、社会的にどんなに評価されていても絵画や小説に比べれば純粋なものではないという気持ちを一平は持っていたのだろう。その一平が、ある時期から桁外れな自己愛を所有しているかの子に更に魔法をかけ、演出し、信奉した。始末に負えない。何もかもに極端で、愛も魂も体当たりのかの子に、自分の肩代わりさせて悦んだ。一緒に宗教にも救いを求め、後にかの子は仏教研究者という側面も持った。

そして更に、かの子の毒気に当てられた同居人が2人。彼等はかの子の愛人だとして世を騒がせたが、あながちそれは間違いではない。しかし彼等はかの子の傍にいる間しあわせだったのだ。狂信的ともいえる夫と2人の同居人を生贄として、かの子は巫女のように存在した。娑婆の機微として読めば、かの子を失ったあとの一平のことも興味深い。東京中の花屋から薔薇を集めて敷き詰め、かの子の希望どおり土葬にした。かの子が油壷の旅館で倒れたとき、若い男が一緒だったという。

川端康成がかの子の作品をこう言っている。「作品に流れるのは、いはば高いいのちへのあこがれである。細々としたあこがれではなく、あこがれの艶な肉体をほのめかさせている。」 この言葉は、太郎さんに向けたとしても、まるで誂えたようではないだろうか。





「観念が思想に悪いやうに、予定は芸術に悪い。まして計画設備は生むことに何の力もない。それは恋愛に似てゐる。」 

「川を遡るときは、人間をだんだん孤独にして行きますが、川を下って行くと、人間は連れを欲し、複数を欲してくるものです」 

「芸術は運命である。一度モチーフに絡まれたが最後、捨てようにも捨てられないのである」 

「河には無限の乳房のような水源があり、末にはまた無限に包容する大海がある。この首尾を持ちつつその中間に於いての河なのである。そこには無限性を蔵さなくてはならない筈である」

                                         岡本かの子 「河明り」





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岡本敏子 著 「 奇  跡 」
 

言うまでもないが、我が岡本太郎ブームは、邪にも田島貴男ブームに直結している。しかし、20世紀少年や森村泰昌さんやピカソや、興味はどんどんリンクしていくので、遊びとしてなかなか悪くないな、とひとりごちているのでございます。

でね、岡本敏子さんですが、よーく認識できたのはこの時で、この小説のこともおはなしになっておりますでしょ。もともと、どういうことで結果的に太郎さんの養女ということになられたのか、そこが知りたいと感じていたので、これを読めば太郎さんと敏子さんの関係ががわかるんじゃないかと。

でね、敏子さんがこの時には70歳は過ぎておられたと思うのだけども、「エロティックな小説でデビューしたの」って仰ってることがどういうことなのか、確かめたかったし。あ、確かめたら77歳みたい。
凄いな、77歳にしてその矜持とパワー。年齢を重ねるほどに自由で柔らかく、誇り高くないといけないと思う。気持ちが弱くなるというのは動物としては自然かもしれないけど、それとは別のところで。あと、充分に愛情を注がれてきたことが敏子さんという人を柔らかく健やかにしていると思う。

読み終えた思ったのは敏子さんはこれを書くことによって自分の生涯をふりかえり、そのことに更に自分なりの決着をつけることをなさったんだなということ。そして女性として最上にしあわせな方であったことよ、と。太郎さんは恋愛についてもずいぶん饒舌に語っていらっしゃるけど、独身主義といわれていることの実質はこの小説の中の文をそのまま受け取ればいいのだと思う。名前や設定は変えられているけれど、登場する有名建築家の羽田と笙子はそのまま太郎さんと敏子さんだもん。


「笙子がマダム・羽田になると、何だか首輪に鑑札をつけて、鎖で引っ張ってるような感じがしていやなんだよ。
笙子が施主や編集者や建築仲間から、奥さんなんて呼ばれているところを想像すると、嫌あな気がする。
建築家の女房って、何となくいやらしいだろう。みんなそれぞれに魅力的で、いい人たちなんだけれど、ポジションが良くないんだな。中途半端に女で、中途半端に社会的存在で。営業もやったりして。
僕は笙子には裸の女でいて貰いたい。羽田謙介をしょって歩いて貰いたくない。まして、羽田夫人だってことでシャシャリ出るなんてのは御免だ。君はそんな人間じゃないけれど、相手はポジションで判断するからね。
僕は笙子を情婦にしていたいんだ。純粋に、男と女として愛したい。」


愛というものがどういうものだか、こんなおばさんになったワタシにも未だわからないけれど、まあ、上のようなことを好いた相手に言われれば、先はどーなってもいいと思うのじゃないかしらん。おふたりをよく知る瀬戸内寂聴さんが、おふたりをベターハーフと仰っていた。あと、あの笑いに回収されかねなかった、ごく普通に人々から見たら???だった時代があった太郎さんだが、TV出演を勧めたのは敏子さんだったというのをどこかで聞いた。そのことで、ああ、太郎さんは敏子さんに救われていたんだなと強く感じたのだった。お金持ちの倉庫にしまわれてしまうような芸術は嫌だ!という太郎さんの生き方。

小説ではその太郎さんを思わせる人物はあっけなく死んでしまい、その人物を生きているものとして感じ、その感覚を殺さず率直に生きていくにはどうすればいいか、身を絞るような意識の中で模索してゆく主人公・笙子。とりもなおさず敏子さんの模索は、身を絞る思いだったに違いない。

太郎さんのアトリエを自宅件美術館にし、太郎さんの芸術が再評価されるようになったのも敏子さんのおかげだと言われている。メキシコで創作後行方不明になっていた「明日の神話」を修復にこぎつけたことも、敏子さんのおかげだと言われている。ただ太郎さんに惚れ込んでいらしたという以上の器でいらしたのだろう。ダンナやパートナーを活かし、そのことによって自分を活かすという生き方は、今どきではないという言われ方もあるのかもしれない。けれど、ワタシにとっては敏子さんはとてもとても目映い女性に感じられるよ。


■ 椹木野衣  著 「黒い太陽と赤いカニ」  
■ 岡本太郎 著  「自分の中に毒を持て」




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岡本太郎 著 「自分の中に毒を持て」
             

小ちゃい写真に貼り替えるのが面倒だから、太郎さんのアップのままにしておこう。オードリーの若林クンの「27歳 月収5万円 一番苦しい時にこの本に出会った」というコピーがついた本の帯を外すと、その下に


  いつも興奮と喜びに満ちた自分になる  あたりまえの人間なんて屁の役にも立ちゃしない


という太郎さんの言葉が表紙に書いてある。どーやらこれは本としては、ある種お安い啓蒙本ハウツー本の類なのではあるまいか?いや、中身がお安いと言ってるわけではなくて、出版社とか本屋の棚とかのはなしです。

それはともかく、この前にBSでやっていた岡本太郎×田島貴男の番組でも、田島は、この本に先の丸くなった鉛筆でぐにょぐにょした 線を引いていた。田島はこの本のどこそこに線を引きまくっているというのはふぁんの間では有名な話なのであーる。田島が相当に凝り性で熱中性なのもふぁんには常識だけれども、田島の熱中性に太郎さんの熱さはまさにぴったりで、何とも収集がつかないほどの両者融合の爆発ぶりであーる。

ほぼ日 太郎の遺伝子田島篇   1   2   3   4   5   
ほぼ日 太郎Tシャツ田島篇        

さて、本の方だが、初めから終わりまで熱くて、何処となし可愛らしさのある文章である。どこまでもそれに付いて行けるほどには凡人のワタシは熱くはなれないが、かといってやれやれと思って読むのを止めたくなるというわけでは無い。言わば太郎さんにお会いして圧倒されまくる1,2時間を過ごし、少し体温が高くなるといった読後感である。

ワタシも本には線を引く派である。自分の気持ちに添わすことができて、うんと思ったところに線を引いているはずで、2、3、4、5(笑)引いた部分を書き出してみよう。

  チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。
  情熱というものは“何を”なんて条件つきで出てくるもんじゃない。無条件なんだ。

  生きること自体が、新鮮な驚き、よろこび、新しくひらかれていく一瞬一瞬であり、それは
  好奇心という浮気っぽいもの以上の感動なんだ。

  運命的な出会いとは、恋愛というものさえ越えたものなんだ。つまり自分が自分自身に
  出会う。彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手のなかに自分自身を発見する。
  必ずしも相手がこちらを意識しなくてもいいんだ。こちらが相手と出会ったという気持ちが
  あればそれが本当の出会い。
  
  男と女は異質であり、だから一体なんだ。
  でもひとことで男女の愛は闘いであるということは正しいし、闘いでなければ愛ではない。
  愛がなければ闘いはない。これは確かだ。

  危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。ほんとはそっちに進みたいんだ。
  だからそっちに進むべきだ。ぼくはいつでも、あれかこれかという場合、これは自分に
  とってマイナスだな、危険だなと思う方を選ぶ。
 
  人生はまことに苦悩に満ちている。矛盾に体当たりし、瞬間瞬間に傷つき、総身に血を
  ふき出しながら雄々しく生きる。生命のチャンピオン、そしてイケニエ。それが真の芸術家。
   

きれいではなく美しいことに価値を。激しくて深くて豊かなことに価値を。血みどろで嫌ったらしいことに価値を。下手で不器用なことに価値を。芸術は呪術だという価値観。栄光に輝くことも惨めであることも同価値。無目的にふくらんで輝き、爆発することを最上とする。つまりそういうことを太郎さんは言いたいのだと思う。
  





  
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椹木野衣 著 『 黒い太陽 と 赤いカニ 』
  


にわか勉強はすこぶるたのしいのだけど、予想どおり本書の半分かそれ以下のことしか理解できていないと思われる。『20世紀少年』を読んだ時に万博について知りたくなって読んだ、同じく椹木さんの「万博と戦争」はもっと読み取れなかったよなぁ(笑)。

本書は岡本太郎論である。トータルした太郎論というのはどうやらこれまであまり無いらしい。ワタシは太郎さん自身の著書はまだ積んだままにしているのだけれど、客観的に外から見て、どういうことなのかを先に知りたいと思った。

これまでのワタシにとっては太郎さんよりも母上の岡本かのこさんの方がいくらか親しい人物だった。瀬戸内晴美の『かの子繚乱』を通してである。芸術家どうしの夫婦の奇妙な生活や、ナルシシズムに溢れた、長男太郎さんへの愛情。歌と小説。仏教への傾倒。太郎さんのことは、かのこさんの息子として認識していた。「太陽の塔」の人として以外は。




さておき、パリに渡り、戦争に耐え、モダニズムを撃ち、前衛を推し進めた太郎さんは、ごく一般に人には「芸術は爆発だ」の爆発おじさんとして認識された。1981年の日立マクセルのビデオカセットのCM故である。おそらくそのことは、ビートたけしが反応して強調したことによって急速に広まった。それはどういう意味があったのか?その頃の太郎さんは一種の奇妙な芸能人でもあったのだが、お笑いに回収されてもかまわないと思っていたのだろうか。

作品だけが芸術ではないということは芸術論では確固としているのでは?と推測するが、そのような笑いに回収されかねないすり替りには、椹木さん曰く、三島由紀夫しかり、荒木経惟や池田満寿夫や村上隆に到る系譜というものが存在する。そして、芸術を「いかがわしいもの・わけのわからないもの」として笑いに落とし込んだビートたけしこそが太郎さんの別バージョンを体現していると思えば皮肉なのか、当然なことなのか。その色あいは、今ワタシのマイブームでもある森村泰昌さんにもリンクしていると感じる。くだらなさや滑稽さ、笑っていいかどうか躊躇わせるものたち、そして芸術。




さかのぼって万博だが、国策的な博覧会に参加した太郎さんは、日本が当時迎えていた高度経済成長の中で生み落された対極「生産」と「消費」に進んで己をさらし、引き裂かれることを選んだ。国策的な、ある意味戦争でもあった万博のテーマは「人類の進歩と調和」。国策芸術に協力することで、逆説的に「ベラボーなもの」「否!ノン」を突きつけるという太郎さん流のやり方。正面きって矛盾を突きつけることによってテーマを転覆させ、「爆発」させようとしたに違いない。対立するものを同時に共存させることこそ芸術の本質であるとした、そのことの力強い体現。太郎さんは真正面から「調和と進歩」は「矛盾や相克」を根底にしていることを現している。

国策文化への屈服だとという非難を一身に浴びたっ太郎さんの心中など当時ほんの子供だったワタシが知る由もないが、万博の何か鬼気迫る異常さのようなものは子供心にも感じていた。それは浦沢さんの「20世紀少年」に肩入れしてしまう年代の共通の感覚だろう。そして、対極主義について。太郎さんの対極主義の根っこはフランスで学んだジョルジュ・バタイユの思想である。そしてヘーゲル。




    私はこう考える。人間は生きる瞬間、瞬間、自分の進んでいく道を選ぶ。その時、
    いつでも、まずいと判断するほう、危険なほうに賭けることだ。極端な言い方をすれば
    己を滅びに導く、というより死に直面させる方向、黒い道を選ぶのだ

                                 ( 岡本太郎 『呪術誕生』 1964年 )

    私は孤独のなかで、いわばナマ身で、両極に引き裂かれて生きたい。あくまで
    己自身の生きるスジとして、悲劇的に深めていくべきだと思ったからだ。
    対極は今も生き方の根本にある。

                                  ( 岡本太郎 『 対 極 』 )




太郎さんお得意の縄文や民俗学的なところはすっとばすとして、おそらくBShiのTV番組にも登場するであろう『森の掟』。それと、『重工業』は太郎さんの作品のなかで突出していると言われている。このノートの一番上にお借りした『森の掟』は1950年の作品である。「当時日本画壇の先端的表現を担っていたのは共産党に主導された社会主義リアリズムか欧州の動向に刺激を受けたモダニズムであった」。

太郎さん自身はこの作品について、「概念的な形式主義者をがっかりさせるための意味の認められない無邪気な仕事」と述べている。価値判断を宙ぶらりんにされるこの作品について椹木氏は、「意味と無意味が渾然となった地平で、突如として巻きおこる「大笑い」のような「判断中止」のダイナミズムに由来している」と述べている。

そして、画家であり有名な漫画家であった父一平の影響ではないか?と指摘してることは興味深く感じられる。一平はパリにいた頃藤田嗣治ともごく親しく交際していて、画家として成功することが望みだったけれど、漫画家として大成功を収めた。 

椹木氏は『森の掟』について、太郎さんが抱え込んでいたさまざまな「具象と抽象」や「意味と無意味」などの対極的二元論においてでなく、“漫画的感性”と“絵画的手法”という2極が分裂的に宙吊りにされていると分析する。アメリカにおいてはアートとコミックははっきり弁別されつつウォーホールやリキテンシュタインがいたことと、太郎さんが日本において近代漫画の土壌が生み出した鬼っ子であることの意味はまるで違うことのようだ。その後
タイガー立石、赤塚不二雄となかなか評論はたのしく展開している。





「20世紀少年」において太陽の塔の腕の部分に教祖、あるいはファシストである“ともだち”が出現するけれど、万博当時、塔の顔部分の目玉のところに一週間も目玉男が滞在したという。明確な政治的主張があったわけでもなかったらしい。その目玉男を呼び寄せる何かが、太陽の塔の方にありはしなかったか?

太陽の塔は、塔というより垂直方向に立てられた洞窟のようなしくみになっている。その目玉男は塔の内部の胎内めぐりを経て、目玉に導かれたのではないか?

太陽の塔には制作当時名前が無かった。それでは不便なのでスタッフは「太郎の塔」と呼んでいたという。展示のサブ・プロデューサーが小松左京氏であったのは有名だが、小松氏が思わず口にした「太陽の塔」という言葉が由来だそうだ。太陽の塔がその闇と混沌の地下展示の「ヘソ」として仕掛けられた穴だったとしたら、籠城した目玉男はまことに正しい鑑賞者であった。



理解がごくごく薄いのと、この本がやや尻切れトンボなので、わやわやなのだけれど、本の標題の言葉はこの文章による。
  

 
    それは暗い、やきつく光を持ったーー黒い太陽。しかしわれわれはこの現代的
    ニヒリズムをも克服しなければならない。黒い太陽に矢を放とう。そして赤いカニを
    しとめなければならない。さらにわれわれのニヒリズムの問題を推し進め、
    価値観念を根底的に逆転させなければならない。

                               (  岡本太郎 『 黒い太陽』  )




黒い太陽とはなにか。それはこの世のあらゆる価値を焼き尽くすほどに強い絶望の光である。その陽に晒されたものは漆黒の闇に包まれてしまう。その時対極の火花を散らして価値は転倒する。黒い太陽の放つ闇の閃光のなかでなお、血を浴びて赤く輝く「無いことのひろがり」を赤いカニとして発見するであろう。

                                  
( 椹木野衣 「黒い太陽と赤いカニ」 )



                

             













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