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柚木麻子著 『BUTTER』

 

ほいほい。待ってました。誰が書いたとしても木嶋佳苗死刑囚のことを題材にしているならたぶん読んだと思います。柚木さんの小説は読んだことがありませんが、すぐに入手しました。何でかなー。罪を犯す欲張りに興味をそそられるのは。

 

読み終わって兎も角はお腹がいっぱいになり、満喫しました。それで佳苗のことを充分理解できたというのでないですが、作者が彼女をめぐって奮闘してくれたわけで、それを一緒に歩いた気持ちになりました。

 

主人公は佳苗ではなく、佳苗(小説では梶井真奈子)を取材しようとする週刊誌の記者の町田里佳。連続殺人を犯したかどうかは最後まではっきりしません。里香が面接をくりかえすうちに真奈子に翻弄されて感じる食や食欲への興味や、太るという身体感覚やそのことによるまわりからの反応。

 

真奈子のことを取材していき、そのことで変化を迫られる里香。里香の友人も、周囲の人も、そのことでそれぞれに人生の適量をみつけていくというふうに後半はすすんでいきます。佳苗を知りたくて読んだ人には不満もあるかもしれませんが、ワタシはそんなふうには感じませんでした。

 

小説ですし、読んでみて別段佳苗について何か新しい感じをもつということはなかったように思いますが、生きていくと言うのはたいへんだなぁってかんじかなぁ。

 

何時もそのへんが間違っているのかもしれないと自分がわからなくなりますが、もし男たちが佳苗に殺されたとしても、動物としてはいたしかたなくはないのだろうか?という感がぬぐえないのです。もちろん人のいのちをどうこうする権利は誰にもありません。

 

セルフネグレクトに陥る可能性は自分にもとても近いところにあるように思うのです。男たちはそうまで逼迫はしていなかったかもしれませんが、佳苗の欲望にのまれたことをどう思うのかなぁ。あまりに単純な言い方だとは思うけれど、男たちが女に求めるものは最後の最後には、優しさやまろやかなケアや自分を傷つける心配の無さなんじゃないかなぁ。それと性欲のこと。

 

じゃあ、その逆に女たちが男に求めるものは?

 

関連記事 ■ 『毒婦』と『毒婦たち』

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K2 cureスキンローション

 

このローションを買ってみました。何時も遊びに行ったり、少し参加させてもらったりしているここのネットマガジンで、いいよーというのを読んだからです。お値段もお手頃なのも魅力的でした。

 

天然成分ということ、医薬品研究から生まれたということ、保湿に加えて殺菌力もあり、薄めてうがいをしたり、口の中に塗ってもいいそうです。アトピーや吹き出物、切り傷や床ずれ、しみ、いぼ、虫刺されなどにも効き、普通肌の人は1日に1度使えばとのこと。

 

テクスチャーがとってもいい感じ。油が入っていないのに、薄くしっとりのびます。夏はひどい肌トラブルに悩まされるママにも1本進呈し、さっぱりの方も注文してみました。しっとりを顔に、さっぱりをからだに、と書かれていますが、お好みの使い方でよさそうですよ。

 

こちらはお得な大きいサイズ。1本使い終わってこのままにお気に入りのままなら、次はこっちにするつもりです。ボディークリームやハンドクリームより塗りやすいように思います。大人の乙女の大敵、乾燥。強い味方になってくれそうですよー('_')/

 

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イメージが大切だ

 

日曜日に衿子ちゃんちにお届け物に行きました。で、ちょいと上がり込んでお茶を飲ませてもらい。

 

彼女は膝の調子が悪くて整体に行っているのですが、体重も落とした方がいいということで減量指導も受けているのだとか。治療もしているので言われたことはごく簡単な体操、朝晩の体重測定。せっせと2週間体操をしてまたその治療院に出かけたというのです。

 

そうしたらそこの先生が、「言ったことをしていませんね!」と仰せになったというのです。つい聞き流していてさほど重要に思っていなかったのだそうですが、「こんな人になりたい!!という理想の姿の写真をあちこちに貼りまくれ!」という指導を守っていなかったのだとか。

 

その先生はプロ野球選手のメンタル指導も無さっていた方だそうですが、野球少年がイチローのプロマイドを部屋中にはりまくるのは全くもって正しいことだというお話。別段どうってことない雑誌の写真でもパソコン画像のプリントアウトでもなーんでもいいそうで。

 

イメージをアタマに定着させるってことなんでしょーねー。あ、それと、こんな人の恋人になりたい!という理想の男性のお写真もいいそうです。ちなみに治療院の先生ご自身も20キロほど痩せられたのだそうですが、貼っておいた写真はロナウド選手と武井咲ちゃんだとか。「イメージ、イメージ、イメージが大切だ♪」って何の歌だっけ?と思ったわけですが、ブルーハーツのこれでしたわ。

 

今夜もごはんのあとにお菓子を食べて、ソファーで眠くなるという恒例の習慣を繰り返しているわけですが、気休めにバレリーナの美しいお写真を体重グラフのところ貼ったのでした。別にバレエストレッチに行こうとかそんなことはちーとも考えていませんが、やっぱりホントは3キロ軽くなりたいのでした。

 

もしも、万にひとつ、痩せたらご報告しますねーーー。お昼にはおみやげにいただいたハーゲンダッツの桃アイスも食べたんですけどねーー。ふふふーーー。

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『 毒婦 』 と 『 毒婦たち 』
  


2冊たてつづけに読みました。もうずいぶん前に買ったまま積んであったものです。つづけて読むと、佳苗中毒になります。笑
事件の頃、面倒な気がしてよく知らないままでしたが、2冊とも買っていたということはやはり興味があったのだろうなぁ。忘れてしまっていました。

そんな言葉は本の何処にもでてきませんが、何か境界例的な精神障害のようなことがあるのかもしれません。しかし、いたって健全な精神の見本というような人もいないようにも思い。

殺人を犯したと考えるとして、そんな面倒なことには少しも開放感を感じません。しかし、彼女の事件が東電OLと同様に何かしらひきつけるというのは感じるのです。それは何なのか自分の代わりに北原さんに探求してもらう。そしてその報告を聞く。自分の代わりにそのことを語り合ってもらう。それを傍らで聞く。そんな時間でした。

裁判のディテールも誤解をおそれずに言えば面白いのですが、つまり男たちは佳苗の愛を問うたのではないか? 

「毒婦は諸刃の剣だ。性的魅力のある女は愛され、ない女は女とみなされないが、セックスを売ったり、性的魅力で男を利用したりする女は容赦なく侮蔑され、激しく憎まれる。女は毒婦のように魅力的であれ、しかし毒婦にはなるなと言われ続けているようなものだ。」P198

佳苗はどちらかといえば美しい女とは言えません。もし美人だった被害者は羨望や同情をあつめたでしょうが、そうでないということで彼らは好奇の目にさらされました。しかし、彼女にはそれほどの強い生命力があり、冷静でもあり。被害者である男たちはまるで佳苗物語の登場人物であるかのように、彼女との感情の対立を感じさせていません。

そして多くの女たちがそうであるようにまるで違う価値観に軽やかに引き裂かれていたのではないか。佳苗自身の言葉でいうなら「地味な私と派手な私」。男への苛立ちや男へのドライさを隠さない一方で、男性が求める女性像を内面化させる。

そう、そして、女の事件の多くが男の為であるのに対して、佳苗はそうではないといいます。多くの男からお金を引き出しつつ、個人的な交際相手には貢ぐことも貢がせることもしていないそうです。興味深いなぁ。

売春は自分を大切にしない行為であるという一般論を吹き飛ばす佳苗の自己愛ぶり。おそらく彼女は自分を粗末に扱ってなどいないはず。援助交際が盛んだった時代の文化から何か生まれてくると思っていたという上野千鶴子さんの予感は、さしあたっては佳苗の上に花を咲かせたということなのだろうかなぁ?

売春で傷つかない女は男にとって脅威なのではないか? 大きな意味で、性を売ったことのない女などいるのか?

そして男性が求めるものとしてのケアを佳苗が提供したこともワタシには興味深く感じられます。ビーフシチューをコトコト煮込んで、それを男に食べさせたあげくにあっけなく殺してしまう。家族とか結婚とか手作り料理とか言葉で男たちを鮮やかに操った。性的な価値だけでなくケアの価値も売っていたのではないか。

「自分からは話さず、話を聞いてくれた」「話を聞いて笑ってくれた」「私のぼろぼろな財布を見て、堅実な方と褒めてくれた」。完全はケアではないのか?男が女に求めるものは、本音ではこれではないのだろうか? 

ケアするという言葉は信田さよ子さんから出たものですが、それはやはり母親的なもの? おいしい料理、ふくらしたからだ、やさしい口調、、、男は都合のいい妻を求めているのではないか。家族のパロディーを演じていたともいえるだろうし、女もきっと都合のいい男を求めています。金払いがよく、機嫌がよく、、、。パロディーは男性の殺害で幕を閉じます。実際の家族はどうなのでしょうか?

さて、全体を見渡して何を言えばいいかわからないですが、毒婦というものは女たちの本質をつきつけ、時代の価値観を鮮やかに見せてくれるものでありつづけるのでしょう。そしてその本質は変わっていくものなのかどうか、、。





 
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鈴木大介 著 『 最貧困シングルマザー 』
 


まず「貧困」の定義からして曖昧ですが、でも確実に貧困は身近にあるということを感じます。月に9万以下で暮らす日本人は2000万人(厚労省)と言われてなおそれがどのくらいなのかわかりにくく。

「20歳から64歳の単身女性の3人にひとりが貧困」「19歳以下の子供のいる母子家庭では貧困率は57%」(国立社会保障・人口問題研究所)と言われて酷いことになっているとやっとわかります。「シングルマザーズ」というドラマを見てから少しは認識していたつもりでいたのですが、なんにも知らなかったんだなとも思います。

この本は母子家庭全体の苦境をルポしているものではなくて、その中で出会い系に生息することになった人たちに迫るということが中心になっています。離婚してとして養育費を払う男性はほとんどいないというのは知られていると思いますが、誰にとっても他人事では無い。

ワタシの知り合いの女の子もそうですが鬱で働けない(彼女は鬱で障害認定を受けており、家賃や子供の給食費は免除されています)。小さい子を抱えていても働けば何とかなるというものではないですが、実家とか親とかがいない場合それは本当本当にに過酷。そしてワタシは福祉の受けがたさというものを少しも理解していませんでした。

働きようもなくて、風俗や売春をしようとする場合でも、それは商品価値という意味で秀でた人にだけにしか許されないということも始めて認識しました。そして出会い系で会うクズのような男たちに心の何処かで救いを求めるきもちを捨てきれないことも。

昨日だったか、出会い系サイトが摘発されたニュースをやっていましたけれど、もしそこで現金を得ようとするならば、それがどんなにやわでないかという現実も少し本書で垣間見て。

まったくうまく内容を説明できる気がしませんが、知らないよりもマシと思いました。何か出来ないとしても知らないよりもマシだから。やはり何処かで対岸のものように思っている自分は否めませんが、そのような社会のままでいいとは決して思えないのです。そのことは確か。


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シャネルNo5のミューズ




 しーばらく前に動画好きのウチのダンナに素晴らしいから見てみそ!とススメられたのが、シャネルNo5のCM。たしかに美しーーーい。あの「ムーラン・ルージュ」とかレオさまの「華麗なるギャツビー」のバズ・ラーマン監督作品というから当然至極ですわね。

登場するミューズはスーパーモデルのジゼル・ブンチェンというお方だそうです。昔レオさまと長く恋人だったそうですが、まあ、そこらへんはどーでもよし。今は2児のママで33歳と何処かで読んだ気がします。

何でサーフィンやねん?と思いつつも圧倒的な美画像にうっとり。孤独も、子供も、誇るべきキャリアも、お金も、ロマンスも持ち合わせた美しい女性こそがNo5を体現するミューズ。ふーーーっ。

ダンナは素晴らしいじゃないか!と言っていましたが、なーんか遥か他人事過ぎてと思うのも女心じゃないかしら? 香水を買うこと、イメージを手に入れることは誰でも出来るというのが豊かなことなのは間違いないのですけどね。

すばらしく効果的に流れているローファングの「Youer the One That I Want」は、かの昔、ジョン・トラボルタとオリビア・ニュートンジョンが主演した「グリース」の曲。えらく洗練されたイメージになっていますけどね。ちょっと失礼して貼らせていただくとこんな歌詞です。たぶんそこのところにダンナは反応したんでしょうね。

美術監督はラーマン監督の妻でもあるキャサリン・マーティン。ウエットスーツのデザインはカール・ラガーフェルド。今シーズンのコレクションもちりばめられているそうですよ。
メイキングも楽しかったから貼っときましょ。

素晴らしく美しくて洗練されたイメージを手にいれることのできる贅沢と、その対極にある弱者としての女の子の貧困や困窮。そんな娑婆の中を生きているのだなと。甘ったれながらもうっとりとするのでした。



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マリリンとニコール・キッドマン No5
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信田さよこ著 『 家族収容所 』
 


極端な例で言えばDVやアルコール依存ですが、信田さんのカウンセラーとしての立脚と経験の上で語られるいわば夫婦における女性の怒りだと思います。おそらくどんな夫婦も若い季節を過ぎてしまえばその夫婦感というものを突き詰めないようにしているのではないのかなぁ。同じ人間ではないし、夫婦は血のつながりもない。考えや感覚が違うのがわるいことでないし、厳密な擦り合わせをしなくてもおそらく日常は過ぎてゆくからです。

DVの加害者は被害者に甘えている。依存している。「自分よりも弱いものを支配しようとする夫たちは、とどのつまりは自分より劣位の性である女を必要とし、自分に惹きつけることでしか自分のパワーを確認できない男なのだろう」「時として彼らは自分たちこそ被害者と思っている。妻はあそこまで自分を追い詰めてことばで支配する。それが正しいことを疑いもしない無神経さ。だから自分は妻を殴る以外にないのだと」。(P157)

殴られながら夫をコントロールしていると思う女の幻想。「愛情という名の支配」「不幸でいながら離れられない関係」。「殴りたいなら殴りなさい。可愛そうな人よね、あなたは」そういいながらからめとる支配が“共依存”と呼ばれます。(P143)

男が女を殴る時、「人間じゃない」「俺の人生をよくもダメにしてくれた」などと言って女を貶める。それは「女性嫌悪(ミソジニー)」も一因なのではないか?

また「性的に女性を満足させられないということが、男性にもたらす深刻なアイデンティティーの危機は私たち女には全く想像できない  /  つまり劣位の性である女に支えられて初めて男であることを確信する。その危うさをどことなく感じているからこそ彼らはちょっとした言葉に脅威や危機感を感じて殴るのかもしれない」(P164)

「男の支配はカウボーイのように柵でかこって、おまえもう逃げられないだろう。おれのものだぞ。というようなものだが、女の支配は、手をそぎ、足をそぎ、そして頭を退化させて幼児のようにして、あなたワタシがいないと生きていけないでしょというすさまじいものだ」(P170)

被害者はDVの夫やアルコール依存の夫、浮気やギャンブルの夫、ひきこもりの子供や摂食障害のこどもにはまり、支配することで生き延びる。また、夫の病名探しという謎解きに人生をやりすごす。そしてまた売春をすることでじぶんの欠落を埋めようとする女。なんとも生々しくて実感があると感じられます。

ありきたりなそんな事件はよく耳にするように思いますが、DV加害者の夫が妻に去られた場合の3つのパターンも何だか馬鹿馬鹿しくて面白い。
 〜阿虜覆離好函璽ーになる
◆〇たような女を選んで一緒に暮らす
 自滅して死ぬ
どーして同じ匂いの女を早業でみつけられるかしらん。動物としての必要性に迫られた能力なのかしら。笑

前に『結婚帝国』を読んだときにも書かれていましたが、「ひとりの男性からかけがえのない存在として承認される制度(結婚)から外れる恐怖」があるゆえに所属から離れられないのが女の実感だとして。

「男の場合には、妻に去られることで自分が「男らしさ」や「男の世界」から脱落する恐怖をあじわうのかもしれない。」その恐怖は時として捨てた女に対する恨みとなり、殺人をおかすほどに凶暴化する。」(P212)



近代の家父長的な家族像というものは決して大昔からのものではないということを知っているのに、やはり絡められているのでしょう。男女は愛し合って終生の愛を誓い、しあわせなセックスをして子供を作る。苦しい時は支え合い、子供を育てる。子供のためにしごとを頑張り、運動会といっては子供に密着してゆく。そして子供はまた恋愛をして結婚し、元の男と女は友白髪で仲良く旅行などする。という仮想のハッピーな家族像。

結婚が女のしあわせと規定する感覚は薄まっていると思うけれど、子供を産み育てる性はやはりそれだけの負荷を担わねばならないし、それは結婚という制度で守られているのが避けがたい現実というものでしょう。


この本の最終章は大団円になっています。さんざん迷った挙句離婚しない女たちはどのように暮らしてゆけばいいのかということ。そんなことを書いた本があったでしょうか? 男からは要するに金か?と言われたとしても、夫のDVや借金や浮気やアルコール依存に苦しむ妻たちは自分がどうしたいのかを立ち止まって考えるべきだと。つらくて考えられなくなっているのかもしれないし、日常は麻薬であるだろうけど、そりゃそうだ。

ストレスや恨み、人生への呪詛や醜い支配を抱え込むとして、その人が目に見えない形で腐っていくことを防ぐ手立てを提案しています。差し迫らない人にとっては滑稽に感じられるかもしれないけれど、誰もがどこかでわかるような気もするのではないかなぁ。

  ̄薺士呂鯔瓩海
「自分が感じていることと、自分の表情、自分の言動を別なものにするということ。なぜならば正直にそれを出してしまえば相手は傷つくだろうし、関係を維持していくという当初の目的から外れてしまうからだ」(P243)

 おそらく誰でもが暮らしのどこかの場面でやっていいること。たとえば看護や医療の人、教育現場の人。営業販売の人もそうではないかな? しごとでなくとも少なくともやっているし、当然自分を傷つける人にもやっているだろうけど、きちんと認識してそれをすると考えることはこころを楽にするのだろうなぁ。

◆“詭を作ろう

「夫が知らないことや、夫に言えないこと、夫が知らない世界、これらを日常生活の中でもつこと、これが夫とバランスよく暮らすためには必要だ」(P246)

結婚が制度であり、フィクションであると自覚するというのは有効なことではないかと思ます。そこそこ円満な夫婦にとっても。そしてそこそこ円満ではないない場合、恩寵として施される思いやりや責任感を愛情として受け止める思いやりがおそらく必要。おそらく想定の範囲以上に。

「私たちは男たちからの思いやりをありがたく受け止めてあげなくてはいけない。そして「この思いやりがあったから、庇護があったから、今日の私のしあわせがあるのだ」と主張してあげなくてはいけない。それこそが夫への思いやりである。 /    このような思いやりを持ち続けるには、守られる存在としての自分を十分自覚し、そしてそういう演技をしつつ、その実、夫にはうかがい知れない自分の秘密をもつことだ。」(P252)

「どんな秘密がいいだろう。夫が一番傷つくことでなければ、秘密にする価値は無いだろう。/  自分が夫の所有ではなくること、つまり「他の男」を愛しているということ、これこそが最大の秘密に違いない。」(P253)

戦略を弄さなくてもよい場合、夫よりも韓流スターやアイドルや歌舞伎役者を正々堂々愛しんでいる人はごまんとおり、恋人というわけにはいけないどろうけれど、そのへんの兼ね合いも面白くて興味深いわ〜。

信田さんの言い回しだとこうだ。「自覚され生存戦略は肯定されなければならないと思う」。それは自覚されることによって、仮の暮らしではないのではないのだと思う。近代の女たちは?秘密をもつ自由も余裕さえも諦めて、累々とした屍を並べてきたのではないかしらん? 現代では携帯電話の恩恵は浮気男にだけもたらされているわけじゃないもんねー。


近代の家族像も、フィクションの在り方も、明治の時代に坪内逍遥をはじめとした透谷や漱石といった知識人たちが投入したロマンチックな「ラヴイデオロギー」も、時代とともに減価償却されつつあるのではないかしらん。そんなことを感じたのでした。そして自分しか自分をたのしませることはできないはずで、あてがってもらうことはできないはず。みーんなが根腐れしないで、そこそこたのしく生き延びるべきだと思うのでした。

(文庫化されたのは2012年。2003年刊行の「家族収容所」妻という謎」を一部修正したもの。)
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ハマグリソックス
 

だんだん寒くなってきましたね。今日はアラジンの石油ストーブの芯を取り替えてもらって安心になりました。そうそう、ヒヤシンスの球根も今日から水栽培始めました。

少し前、ママが「靴下カバーが欲しいわ」と仰せに。冬はもこもこの長い靴下をはいていらっしゃるけど、今はまだそこまでではないのだそう。

たちまちその日はユニクロに走ってフリースのを買いましたが、あとはネットで探してみました。自分がはくわけじゃないけどやはりじぶんも気に入ったものを見つけたくて。

ねえねえ、これって昔からずーっと見かけますよね。色も可愛いし、長く使われているものには長所があるに違いない!!というわけでポチ。

ほいほい、届いたら案の定ふかふか。ハマグリソックスというタグがついていたました。ほーー!1955年に発売されたのだそうです!! ワタシよりもお姉さんだなんて吃驚!!めっっちゃロングセラー商品!

おそらくこんな可愛らしい色は最近なのでしょう。他に可愛いデザインもいろいろ。何よりも足口の三角の刺繍はひとつひとつ専用ミシンとレース針で仕上げられているというのだからうれしくなってしまいます。

だんだん歩幅が狭くなっているママは畳の上では底に滑り止めがあるほうが歩きやすそうなので、そちらもポチして到着を待っているところです。

昭和のおかあさんたちもこれを履いてがんばってきたんだなーって。昭和の冬は本当に寒かったなぁ。田舎育ちなので、雪の降る中洗濯したり漬物つけたりして立ち働いていたハハの姿を覚えています。

さてさてこの冬もあたたかくして、元気に越しましょうね。





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黒羽織の紐
 

いやいやー、ブログの更新とかしてる場合とちゃいますがな! そんな時に限ってしたいもんなんですよね。現実逃避が大好物ですってば!

明日ね実家のハハの両親の法事にいくことになりました。つまり母方のおじいちゃんとおばあちゃん。おじいちゃんの方は50回忌といいますからいわゆる仏事はこれでお終い。母の弟の叔父は親切な人で、おじいいちゃんとおばあちゃんが可愛がった孫たち全員に来てほしいという案内がありました。あーー、行けることになってうれしいなぁ。

で、ですよ。江戸小紋の無地に黒帯ってとこまでは無問題。たぶん。羽織るとしたら黒羽織? 50回忌ですから黒でなくてもいいでしょうが、羽織なんぞそんなやたら持ってませんがな。道行きだと家の中では羽織れないし。間違いでも大袈裟でも知ったこたぁーないから良しとする!

で、更にですよ。どうも黒羽織を今までに着たことがないらしくてしつけがかかってますがな。そのうえ紐がついてないがなーー。喪服の上に羽織は着ないから、色の着物を着て仏事に出る時しか黒羽織の出番はないわけだな。ふむーー。もしかしたらこれから先の人生には出番が度々くるのかも。。

んーでもって和装小物のえりべんさんに行ってきました。そしたらね羽織紐の箱から出てきたのは白じゃなくて黒。白だっけ?黒だっけ? という話になりまして。白の在庫が無かったのかどーか?おかみさんはこれでいいんじゃない? 店員さんは白じゃないんですか? のどかなお店でいいでしょ。ふふ。

どーやら昔は白ってことだったみたい。おめでたい時に着る絵羽織の紐は白だから、絵羽織と黒羽織の紐は兼用でよかったらしいですよ。ワタシしゃ絵羽織は持ってないからさ。つーかつーか、今でも当地では白が正解らしく、むかしは黒い紐ってものも無かったらしい。慶事と仏事の区別ってものもむかしは曖昧だったみたいです。だーな。どっちもめでたくて、どっちもかなしいかもしんないしさ。

現代になって仏事=黒のイメージで、黒い紐ってものがつくられるようになったらしいですよ。えりべんさんで仰ってたのは東京は黒らしい。名古屋は緑とかいうはなしがあるぞ。とかとか。別のはなしですけどね、ワタシゃやたら喪服を着るのはあんまり好きじゃないよ。

さておき、ちょこっと検索しましたら歌舞伎の役者さんたちがお葬式においでになる時の紋付の紐の色はいろいろらしいです。グレーとかベージュとか。衿まで黒ってことも無いでもないらしいし、役者さんなら衿は青ってこともあるそうな。ほー。

ささ、出かける支度して、着物も一回は着てみなくちゃ。兎も角ワタシはおかみさんおすすめのお買い得品で、2000円ほどの黒で済ませることに。きっともう一生買い替えないけど。もういっこは6000円ほどで俄然素敵だったけど、まあいいかいいか。

ということで、ではでは行ってきまーす。

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