12
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
calendar_bottom
            
神楽観賞会 2017

 

(筏津さんの画像をお借りしました)

 

今年のテーマは『鬼』でした。

 

「鬼とは 古代の人々は春夏秋冬大自然の営みに従い暮らしを築いてきました。田畑を潤して流れる川を神と信じる一方、大洪水となって荒れ狂う川は鬼としました。大自然は豊かな恵みを授けてくれる神であり暮らしを破壊する鬼『鬼神』だったのです。そして健康な生活を営むために『無病息災』を願い、これを犯す病を『鬼』としました。

 

時代は流れ古代国家が成立すると、安心で安全な国づくりを目指して国家安泰がはかられるようになり、国の秩序、公序良俗を乱すものを『鬼』とします。その後、奈良平安時代になると朝廷をめぐる権力争の中で敗れる者を『鬼』とします。王朝貴族にあらがうものは、まつろわぬ(服従しない)者として『鬼』に仕立てられ、歴史の表舞台から消し去られていきます。」

                                    アステールプラザ  チラシより

 

國を乱す異国の鬼  『 塵倫 』   筏津神楽団

 

都を乱す山の鬼   『 土蜘蛛 』  中川戸神楽団

 

父の怨念を背負う鬼 『 滝夜叉姫 』 大塚神楽団

 

宝物を奪われる鬼  『 青葉の笛 』 中川戸神楽団

 

 

新舞の演目ではどれも先住の民族や権力に都合の悪いものが鬼とされるんですよねー。いつの時代も勝てば官軍。

[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
2015 神楽観賞会

 

今年の神楽観賞会のことも書きたいのだけど、片付けをしていたら去年のチラシが出てきました。観賞会にあたり、市の文化財団の方が全体のコンセプトを考えて演目などを決められるでしょう。そのへんがビギナーにとっては観賞会のうれしいところ。それぞれの神楽団がやりたい演目を出す大会などは分量も多いのでなかなか行けませんが、年に一度の観賞会だけはつづけて行きたいと思っています。

 

さて、今年ではなく去年のチラシを改めて読みました。もう忘れてしまっていたのですが、戦後の神楽事情のあたり、なるほどーーー。GHQの統制のはなしは、これまでもラジオ放送や歌舞伎のことでいくらか知っていたのですが、そうよね、神楽ってものは皇国史観そのものですものね。皇国史観に基づく芸能として禁止されました。

 

  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

四季折々の豊かな自然の恵みをもたらし、米作りが我が国に伝えられると、米作りを中心とする一年の暮らしが築かれました。春は田の神とともに田植えまつり。初夏は稲につく害虫を川下に流す虫送り。夏は先祖の魂とともに豊作を祈る盆踊り。秋の稲刈りの後、この一年五穀豊かな作物を授けてくれた八百万の神々を氏神神社の神楽殿にお招きして、人と神さまがともに喜ぶ宴を開いたのです。

 

神楽は神々に感謝する農耕儀礼として生まれました。

 

天の岩戸  琴庄神楽団

八岐大蛇  大塚神楽団

天孫降臨  宮乃木神楽団

  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

高田郡美土里町(現・安芸高田市)の佐々木順三氏は神楽を舞楽、神楽団を舞楽団と改めて、日本の古典芸能の能や歌舞伎などから取材した滝夜叉姫・紅葉狩・土蜘蛛などの新しい演目を創作して厳しい神楽禁止令の時代を切り抜けたのです。

 

その後禁止令は消えていき、神楽競演大会が行われるようになります。この大会では戦後に創作された神楽演目が「高田舞い」と言われて人気が高まる一方で、古来から伝承されてきた神楽演目の存続の危機が訪れたのです。

 

戦前のものを旧舞(きゅうまい)、戦後のものを新舞(しんまい)と呼ばれるようになり区別が始まります。八百万の神々をお迎えし、五穀豊穣を喜ぶという神楽のありかた、いわゆるチャンバラ神楽を観客はたのしみました。一部の神楽団は農村の宮神楽をホール神楽にしたてて「スーパー神楽」の名前で神楽の舞台芸術化を目指していきました。

 

滝夜叉姫  琴庄神楽団

紅葉狩   大塚神楽団

大和葛城  宮乃木神楽団

 

  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

 

新舞、旧舞の違いはなんとなくわかっていたつもりでしたが、そうなんだなぁ。拍子の違いもそこから生まれてきたのでしょう。ほーんの少しづつ親しみつづけていきたいと思います。

 

 

 

 

[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
早春神楽


岩戸   松原
塵倫   原田
大江山  筏津
八岐大蛇 琴庄
道成寺  大塚
日本武尊 上河内
源頼政  宮乃木
滝夜叉姫 あさひがおか
葛城山  横田
茨木   中川戸




[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
ひろしま平和能楽祭 
        

これまでもお能を観てみたいというきもちはあったのですが、機会が少なくて出かけにくく、なかなか腰が上がりませんでした。それと、神楽を観ることで「安達原」をお能で見届けてみたいというきもちになったこともありました。

信用金庫さんの招待ですので、往復はがきを10枚送って、当たったのは1枚のみ。多くの方はやはり観世清河寿さんの「杜若(かきつばた)」がお目当てだったのかな? ワタシは、長い時間は出かけられないので、狂言の「太刀奪」と 能の「安達原」のみ観賞しました。

えーと、それでどうだったか? 

何せ見慣れていませんので何がどうとは言えないのですが、面白かったです。大鼓・太鼓・小鼓・笛 がそれぞれひとり。地謡さんは8人。後見さんはおふたりいらして。ほーー、こういうものなのね、と。音と声と、動きのコラボレーションですね。おそらく、シンプルなだけに違いがわかるというものなんだろうなーー。

わかりやすいのは狂言で、生で観たのは初めてではありませんが、思いのほかたのしかった! えーと、えーと、きちんとツボを押さえてコミカル! きちんとした一流のパントマイムというのも観たことがありませんが、ぜーんぜん負けてないと思う。洒落てる!! と思いました。

お能も、かの昔は神楽みたいにくだけて観るものだったはず。祝祭的なエンタテイメントとしてたのしむもので、お上品な顔をしなきゃならないものではなかったはず。なかなか勉強する元気はないけれど、来年も応募してみようと思います。


[ 神楽入門 ] comments(3) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
オニババの定義?/ 黒塚現代語訳
                      




この前の『身体知』のなかで、三砂さんの著作の「オニババ化する女たち」に絡んで、内田さんが能の『安達原』の素謡のことを言っていらっしゃいました。内田さんは能を習っていらっしゃるので。

旅の僧が日暮れて、一夜の宿を貸してくれとお婆さんに頼むというおはなしです。内田さんによると能では旅の人が「一夜の宿をかしたまえ」と言うと、かならず、一度はダメですと言われるのだそうです。貸すのが男でも女でも夫婦でもそうなのだとか。

僧が泊めてくれと言うと「人里遠きこの野辺の。松風烈しく吹き荒れて。月影たまらぬ閨の内には。いあでか止め申すべき」とお婆さんが断る。

この“月”というのは古事記のときから「月経」を意味していて。まだ閉経していませんからという意味。だから男性は泊められませんよ、と。

なのに僧はどうしても泊めろと強引。「さらば留まり給えとて。とぼそを開き立ち出る。うたてや今宵敷きなまし。強いても宿を狩衣」とつづき。(うたて は 心に染まない、気の毒、やっかい、くらいの意味かな)。

別の種類の草も混じっているベットマットを今夜も敷くのかしらとお婆さんが困惑していて、それに対して僧が嫌とは言わせませんよと。そのあとに「今宵留まるこの宿の。主の情深き夜の」「月もさし入る」「閨の内に」と続いていきます。

まだまだ後半には大展開があるわけですが、鬼婆ってそういう定義だったのね!と、今更改めて。面白いやら、なにやら。複雑ーーっ。

内田さんは鬼婆的なエロスは共同体にコミットしていない。そのことは社会的にネガティブってことなんじゃないかということを仰っています。だからどーしたってことはワタシにはわかんないのですが、そこをきちんとリンクさせるのが社会的にいいんじゃないかと言われば、そんな風にも思えますな。

■ 関連  神楽「黒塚・安達ヶ原・悪狐伝」 = 能「黒塚」+「殺生石」 ?


       歌舞伎 『黒塚』

     
       能 『黒塚』

::::::::::::::::::::::::::::::::::


現代語訳 ( 部分 ) 主に the 能 com より転載させていただきました 。 あらすじ



⇒慣聴貽院庵の女に宿を請う 
::::::::::::::::::::::::::::::::::
   
● 女 まったく、わびしい暮らしを送る身ほど、悲しいものはない。こんな辛い暮らしは飽き飽きで、もううんざり。季節も秋となり、夜明けの風は身にしみて、心の慰むこともない。昨日も空しく暮れを迎え、ただまどろむ夜半のみに、いきいきとした命を感じる。ああ、なんと頼りない人生だろう。

○ 祐慶 どうか、この家のなかにご案内いただけないでしょうか。

● 女 どなたでしょう

○ 祐慶 当方は諸国行脚の修行の者です。一夜の宿をお貸しください。

● 女 あまりにみすぼらしいところですから、お宿はお貸しいたしませんよ。

 祐慶 家の主の方、どうかお聞きください。私たちは初めて陸奥のへやってきたのですが、この安達原で夕暮れを迎え、他に宿を借りるあてもないのです。私たちを憐れんで、一夜の宿をお貸し下さい。

● 女 ここは人里離れた野中の一軒家で、松風が激しく吹き荒れ、屋年隙間からは月のひかりが差し込むようなところです。こんなところに、どうしてお泊めできましょうか。

○ 祐慶 たとえ草を枕に野宿するようなものであっても、今宵、一晩だけでも宿をお借りして、眠りにつきたいのです。どうぞ宿をお貸しください。

● 女 住み慣れた私ですら、嫌なところだと感じるこの庵に、

○ 祐慶 ただお泊めくださいと頼む僧たちに、いったんは柴の戸を

● 女 閉ざしはするが、よくよく思えば、さすがにお気の毒である。

■ 地 それではお泊まりなさいと、扉を開けて立って出てくる。雑草混じりの茅の筵、雑草混じりの筵を敷いて、今夜は寝てもらうことになる。お気の毒に。無理やり宿をお借りなされて、袖は露にすっかり濡れることだろう。狭苦しい草の庵に寝泊まりする、旅寝の床はなんと辛いことだろうか。


8慣れない道具に目を止めた祐慶
::::::::::::::::::::::::::::::::::

祐慶は枠かせ輪(糸車)に眼を留め、糸繰りを見せてくれるゆに頼む。女は糸車の前に座って糸を繰ってみせる。

○ 祐慶 今夜の宿は、本当にありがたいことです。ところで、あちらに見慣れないものがありますね。あれは何ですか。

● 女 はい、これは枠かせ輪(糸車)といって、私のような賤しい女が仕事に使うものです。

○ 祐慶 ほう、それは面白い。では今夜もその営みを見せて下さい。

● 女 なんと恥ずかしいことか。旅人が見ているというのに、恥ずかしげもなくこんな卑しい業をお見せするのは、何と辛いことだろう。

○ 祐慶 今夜泊めてもらうこの宿の、主人は情け深く、深夜の

● 女 月の光が差し込む

○ 祐慶 寝室のなかで

■ 地 世渡りの仕事は、まったく辛く厳しい。


い呂ない人生を嘆く女
:::::::::::::::::::::::::::::::

女は自らの境遇を嘆き、祐慶はそれを諭す。糸車を回して、女は自分の迷いの心を恨み、華やかな昔を思いながら、若さを失っても、生き長らえる人生の悲しさに涙する。

● 女 ああ浅ましい。人としてこの世に生を受けながら、こんな辛い浮世の日々を送り、自分を苦しめている。なんと悲しいことでしょう。

○ 祐慶と従僧 はかないことを言う方だ。まず生きているこの身を養ってこそ、成仏の道もあるというものだ。

■ 地 このようなつらい世で、生活に追われていたとしても、心さえ御仏の教えにかなってさえいれば、たとえ祈らなくても、いずれは成仏への縁を得られるだろう。

  地・水・火・風の四つの元素が、仮に結びついて人の身とない、生死の輪廻を繰り返し、その生命が天上・人間・地獄・飢餓・畜生の五道、さらには修羅を加えた六道を巡るというのは、ただただ心の迷いによるものである。そもそも人間の頼りなさを思案すれば、人はいつまでも若くあることはなく、いつしか必ず老いるもの。そんな儚い夢のような人生が、嫌にならないということはないだろう。

                 (  後   略  )

[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
アステールプラザ 神楽鑑賞会
 

1 新羅三郎 宮乃木神楽団

2 義経平氏追討 琴庄神楽団

3 滝夜叉姫 大塚神楽団

4 紅葉狩り 中川戸神楽団
  
午後1時から アステール中ホール


[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
神楽 『 戻り橋 』



(大江山酒天童子絵巻物より)

「いづくにも 帰るさまのみ 渡ればや 戻り橋とは 人のいふらん」
和泉式部(どこへゆく時にも、帰る時にだけこの橋を渡るから、戻り橋と人は言うのだろうね。)


相変わらず石見神楽・広島神楽のざっくりした全体像ってものがわかっておりません。まとまった本とかはあまり無さそう。HPなりちゃーんと読めばいいじゃないかと思うのですが、億劫なんですよね(苦笑)。書いてあっても、それって何処からきたはなしなの?となってしまうわけで。そちら方面の常識が無いので仕方が無い。ですので、観て、それなりたのしみながらだんだん把握していこう作戦継続中。

昨日観たのは飯室神楽団さんの「戻り橋」という演目。どうやら「戻り橋」と「羅生門」「大江山」という3つは連作になっているらしいです。帝が朝家の守護として信頼の厚かった源頼光(みなもとのらいこう)に大江山酒呑童子討伐を命じた的な流れでしょうか。それって御伽草子的な? お能の「大江山」の仲間よねー。

だったら酒呑童子ってものはだいたいにして何?ってことですが、焦ってはいけない。頑張ると面倒になるから。ハハハ。



平安中期、大江山の鬼人・茨木童子(いばらぎどうじ)は夜な夜な一条戻り橋に現れては悪行の数々を重ねていたので源頼光は四天王の渡辺綱(わたなべのつな)に鎮圧を命じます。

綱が戻り橋に出向くと老婆(茨木童子の化身)が傘売りの善兵衛を襲っているところに出会い格闘になります。茨木童子は虚空飛天(こくうひてん)の妖術により酒呑童子を呼び寄せ、綱の一命が危うくなりますが、石清水八幡の御神徳を受けた坂田金時(さかたきんとき)が加勢に現れ、茨木童子は左の腕を切り落とされ、酒呑童子とともに大江山へと逃げ帰る。

                                  ( 広島神楽定期公演 解説より )


一条戻り橋ってものは京都の一条堀川にかかっている橋を指していますが、都の大内裏の鬼門で鬼が出入りするといわれる不吉な方角。死人が蘇り鬼が出る百鬼夜行の場所という認識で、魔界への入口として見らました。言葉としては聞いたことがあっても、まずそういう基礎知識が無いんですよねー。

橋のたもとにはあの阿倍晴明の屋敷があり、そののちに晴明神社に。戻り橋と呼ばれるのは平安の延喜のみ世(901〜923)。漢学者の三善清行 (みよしきよつら) の葬列がこの橋を通ったとき、比叡山の行者だった子の浄蔵が、橋の上で 柩にすがって 泣き悲しみ神仏に祈願したところ、蘇ったというはなしによるそうです。

渡辺綱と鬼のはなしは「平家物語」の剣巻にも出てくるらしい。それからそれから「源平盛衰記」には戻り橋の橋占のはなしも。阿倍晴明が戻り橋の下に十二神将の化身
を隠していたってネタが出てくるみたい。

後の桃山時代になると、罪人の刑場への引き回しの通り道とされてさらし場にもなり、千利休の首もここで晒されたんだとか。ふーむ。

あー疲れてきたので、もうこのへんでおしまい。



  
Youtubeにアップされていた動画。どこの団かしらん?傘売りさんも烏帽子をつけてますね。

[ 神楽入門 ] comments(2) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
神楽「黒塚・安達ヶ原・悪狐伝」 = 能「黒塚」+「殺生石」 ?
   歌川国貞 「玉藻前」    




玉藻前(たまものまえ)Wiki  


広島神楽の 「安達がヶ原」 というものは、どうやら 能の「黒塚」の鬼女 と 能の演目でいうなら「殺生石」・・・九尾の狐が化けたといわれる美女 “ 玉藻前(たまものまえ)” の話が合体しているようです。


神楽の演目として「安達ヶ原」とか「黒塚」とか言われる場合は、能の「黒塚」と同じに“那智、東光坊(とうこうぼう)の修験者、阿闍梨祐慶(あじゃりゆうけい)”が御伴の山伏と修行の旅の途中で安達が原の一軒家に宿を頼むという部分が描かれます。


そのあとその一軒家の主の女がであったという部分が、神楽では鳥羽上皇の寵愛を受けた美しき“玉藻前”(九尾の悪狐)が姿を変えて旅人を襲うようになっていたというような具合で。


(んーー、でもこの前司会の方が何か他のはなしもしていたような。妊婦の生肝が姫の為に必要でな  んやらかやら・・・。 そのへんは宿題にしとこ。)


その狐を弓の名人の “三浦ノ介(みうらのすけ)と上総ノ介(かずさのすけ)”が退治。 この三浦ノ介、上総ノ介というのは完全に“殺生石”の方の登場人物ですね。


広島神楽の中でも「悪狐伝」と言われる場合は、 修験者が宿を頼むという部分が無くて、悪狐は和尚の“珍斎(ちんさい)”を食い殺して退治されるというふうになっているみたい。退治する人は同じく殺生石のキャラの三浦ノ介と上総ノ介です。


ふんふん。完全に黒塚と殺生石を合体していて、殺生石の色の濃いほうは狐の物語として「悪狐伝」って言ってしまうわけだな。というか、「悪狐伝」になると「黒塚」の色はありませんね。

簡単に理解してしまえるものでもないでしょうが、おおよそはそんな感じ。


で、広島神楽だと阿闍梨祐慶のお供の山伏“剛力(ごうりき)”か、 和尚の“珍斎”がふざけて笑いをとるキャラクターと決まっており、あげく狐にやられてしまう。ふんふん。


素人的には鬼婆のはなしはそれはそれ、狐のはなしはそれはそれ と分別された方がスマートだという気もするんですが、狐が出たら観てる人が喜ぶってなったのかな? 石見神楽よりもエンタテイメント性を強調する広島神楽の方がより狐寄りってあたりも面白い気がします。


ちょっとまだホントのところはわからないので、今のところはそうかなといったところです。


追記 広島神楽の演目にも「殺生石」というのもあるらしいです。コチラ 北広島町・今田神楽団







[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
歌舞伎  「 黒 塚 」
 


これは今の猿翁さん、当時の猿之助さんのDVDらしいです。買ってませんし、観てもおりません。神楽のはなしのつづきですが、歌舞伎の「黒塚」ってどうなってるの?と思いました。歌舞伎といっても歌舞伎舞踊ですね。


    


ネットでちょっと検索する以上の労力は払わないわけですが、歌舞伎で「黒塚」といえば猿之助と決まっておるようです。それゆえ今回の四代目襲名披露にも「黒塚」があったんですね。

どうやら歌舞伎舞踊としての初演は昭和14年だそうで、新しい。能の「黒塚」をもとにして作られ、二代目の猿之助と三代目の猿之助しか演じていないのだそう。つまりTHE猿之助な演目ということなんですね。

展開は能と同じようですが、能から題材をとった演目は大概能と同じ松羽目(能舞台の後ろにある松を描いた羽目板)の背景で演じるのが普通らしいのですが(「土蜘蛛」とか)、歌舞伎舞踊「黒塚」は一面の芒の原に巨大な月 !! わお!それって素敵だ!

今はどうかわかりませんが、もとはバレーやコサックダンスを取りこんだ踊りになっていたらしいです。昭和初期の方ってそういう冒険をなさったんですねー。老女が鬼女の本性をあらわすところが、いかにも猿之助のケレン味らしくて、能よりも通俗的でわかりやすい全体といったことでしょうか。

どうやら今回の4代目の「黒塚」は新鮮で素晴らしかったし、これからもよくなっていくだろうという評判のようです。なにせ老女が鬼女に化けるキャラですから。襲名披露の時は、対する祐慶を団十郎さんがなさったんですねー。そうか、まだお元気だったんだ。

ぜひ当代の猿之助さんの「黒塚」を観てみたくなりました。



[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM             
能 「 殺生石 (せっしょうせき) 」


(写真をゆとろぎ協働事業運営市民の会のHPからお借りしました)


あらすじとみどころは、the 能 com より転載させていただきました。

 ■ あらすじ ■

玄翁という高僧が下野国那須野の原(今の栃木県那須郡那須町)を通りかかります。ある石の周囲を飛ぶ鳥が落ちるのを見て、玄翁が不審に思っていると、ひとりの女が現れ、その石は殺生石といって近づく生き物を殺してしまうから近寄ってはいけないと教えます。玄翁の問いに、女は殺生石の由来を語ります。

「昔、鳥羽の院の時代に、玉藻の前という宮廷女官がいた。才色兼備の玉藻の前は鳥羽の院の寵愛を受けたが、狐の化け物であることを陰陽師の安倍泰成に見破られ、正体を現して那須野の原まで逃げたが、ついに討たれてしまう。その魂が残って巨石に取り憑き、殺生石となった」、そう語り終えると女は玉藻の前の亡霊であることを知らせて消えます。

玄翁は、石魂を仏道に導いてやろうと法事を執り行います。すると石が割れて、野干(やかん)(狐のこと)の精霊が姿を現します。野干の精霊は、「天竺(インド)、唐(中国)、日本をまたにかけて、世に乱れをもたらしてきたが、安倍泰成に調伏され、那須野の原に逃げてきたところを、三浦の介(みうらのすけ)、上総の介(かずさのずけ)の二人が指揮する狩人たちに追われ、ついに射伏せられて那須野の原の露と消えた。以来、殺生石となって人を殺して何年も過ごしてきた」と、これまでを振り返ります。そして今、有難い仏法を授けられたからには、もはや悪事はいたしませんと、固い約束を結んだ石となって、鬼神、すなわち野干の精霊は消えていきます。


 ■ みどころ ■

「九尾の狐」の話を耳にしたことのある方は多いと思いますが、この伝説の妖怪こそ、玉藻の前に化けた狐の精霊です。インドや中国でも絶世の美女となって時の王を惑わし、世の平安を乱す存在とされてきました。

そんなスケールの大きい伝説をもとにした、変化に富んだ能です。前半は那須野の殺生石の近く、という異様な情景のなかで、女と高僧との問答が展開されます。動きは少ないのですが、妖しい雰囲気に満ちています。後半は打って変わって、狐の精霊が、自らの物語をアクション満載で再現する、大捕り物が演じられます。コンパクトにまとまって、きびきびとしたストーリー展開が楽しめます。

またワキの玄翁和尚の存在感も見逃せません。当時、法力にすぐれた高僧として有名で、さまざまな逸話が残っています。殺生石を鎮めた話では、玄翁和尚が喝を入れて石を砕き、砕かれた石が日本の各地に散ったといわれています。前後の平たい大きな鉄鎚を玄翁(または玄能)と呼びますが、この殺生石を砕いた話が名前の由来となっています。



 

(那須の湯本温泉の源泉近くの石がごろごろした場所。硫化水素や亜硫酸ガス砒素などが吹きだしている。人や動物がこの場所で死亡することを石に宿る霊の仕業だと考えたようです。)

[ 神楽入門 ] comments(0) / trackbacks(0)
ENTRY BOTTOM