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口紅を

 

洋服のはなしはムスコともしますが、ムスメがいてたのしいのは化粧品のはなしをする時。ワタシはしごとの時はほとんど化粧をしませんし、化粧品にお金もつかいませんが、無縁というわけにもいきませんよね。出かける時、出来たらやはりきもちが浮き立つ方がいい。

 

ビンボー学生のムスメは帰省してきてお小遣いをせしめたら、雑誌で予習してデパートの化粧品売り場に出かけていきます。買ってきた口紅の色がきれいだったのでワタシも試させてもらいました。

 

うん!かあさんも買う買う! というわけでムスメのマネっこして買ったのはM.A.C の デュポネ。濃いめのブラウン系の赤です。濃い色が欲しい時用に。元から持っていたもう1本、同じくM.A.C の 真っ赤はムスメに譲りました。

 

デパートのカウンターに座るのは慣れなくて、ワタシにはハードルが高いので、ついでにカウンターのお姉さんにすすめられた  デル リオ も。こちらは普段に。欲張ってしまいました。ふふ。濃い色の口紅にたすけられ、ご機嫌よくまいりましょ♪

 

 

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澤田瞳子 著 『 若 冲 』

 

昨年は少しも本を読まなかったように思います。新聞すら読むのが億劫で重ねては捨てるばかり。とっつきやすいものからはじめて、本が読めるようになりたいなぁ。というので、積読の中から選んだのがこれでした。

 

おそらく沢山の史料を積み重ねられた上で、澤田さんが造形された若冲という人間が描かれています。史実でない部分も大きいのでしょうが、若冲の生家である京都錦小路の青物問屋、相国寺の僧である大典や石峰寺の大枠は勿論。池大雅、与謝蕪村、円山応挙もそれぞれ血の通った人物として出てきます。

 

若いころに自死させてしまった妻への贖罪として絵を描き続けたという設定や、その妻の弟で贋作の絵描きとなった君圭との相克が主な物語の流れですが、そこには少し弱さを感じつつ、ぐんぐんたのしく読むことが出来ました。

 

京都のその時代の空気に少し触れることも出来るのは、ドキュメントとフィクションを筆力で上手く混ぜてあればこそ。

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66/72 雪下りて麦のびる

 

光 寿 無 量  今年もよろしくおねがいします。

お天気のいいお正月でした。あっという間に過ぎて、もう7日。よい年になりますように。

 

暮れにダンナの従妹の心臓が止ったと電話がありました。まだ50代です。ワタシが話を聞いたわけでもないので皆目わけがわからず。風邪のウイルスが心臓に入るということがあるらしく、突然死の原因のいちばんだとか何とか。昨年は彼女のお父さまが亡くなって、何度か彼女に会いました。しかしお正月の三日、彼女の心臓はまた自発的に動き出したのです。

 

軽々しく言うべきことでは無いですが、偶然に翻弄されるしかないし、またその偶然を頼みにすることもできるのだなぁと思いました。鷲田清一さんが九鬼周造さんの「偶然性」の著作について書いていたことを思い出したのです。

 

もののはずみはいのちの弾みでもある。人生をパチンコ台に例えれば、ある軌道を動いている玉が思いがけなくある釘に当たって別の軌道をたどる。そしてその玉はまた別の釘に当たる。そして必ず最後にはどこかの穴に吸い込まれてゆく。

 

偶然に翻弄されること。それを頼みにすること。それを受け容れることができるように、やわらかくてたくましくありたい。上手くやれる自信は少しも無いけれど、自分以外の人にもやさしくよりそえるこころの人になりたいと切に思います。どこかの穴に吸い込まれるまでのあいだの時間を。

 

 

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冬至 The Covers「ROOTS66」

 

 

冬至の夜、NHKBSのザ・カバーズを観ておりましたとさ。ダーリン田島を含む1966年生まれのミュージシャンのみなさまが出演。リリーさんのお陰なのかどうかわかりませんが、有り難い番組でございます。みーーーんなで作った最新作アニメ「おそ松くん」のエンディングテーマ曲も披露しておりましたとさ。

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映画『 パターソン 』

 公式

 

秋のはじめの頃に観たんだったでしょうか。ジャームッシュについても語れません。アダム・ドライバーを初めて見た時に魅力的!!と思ったけど、もうめちゃめちゃメジャー過ぎるほどのスターさんになりましたね。この映画では主人公でありながら静かな役ですが、やはり上手いです。

 

俳句のこともありますが、詩とはなんぞや?と思って映画館に出かけました。主人公のパターソンはニュージャージー州のパターソンに住むバスの運転手さんです。詩をつくる人です。

 

彼の一日は妻へのキスに始まり、バスで町を走り、しごとを終えると愛犬と散歩、バーで一杯だけビールを飲む。その日常のなかで日々詩を書き綴っています。みずみずしい言葉で日常が豊かになるとでもいいましょうか。

 

そうそうかつてジャームッシュのオムニバス作品(「ミステリートレイン」1989年 )に出た永瀬正敏さんも出ています。パターソンの町出身のウィリアムス・カーロス・ウィリアムズという詩人を敬愛する男として少し出てきます。そして、その男は自身を、「詩を呼吸しています」と言い、「翻訳した詩を読むことはレインコートを着てシャワーを浴びるようなものだ」と語ります。受け入れること、理解すること。

 

そのままに理解すること。

 

まあ、ワタシなどには漠然としか受け取れないのですけれど。ジャームッシュはこの作品全体が詩の構造だと言っているらしくて。日常の繰り返しとそれをつないだり、つつんだり、そこに散りばめられているものがあったり。

 

じぶんとは感覚は違う気がしつつも、そのイメージを忘れない作品のような気がしました。

 

 

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長岡亮介 とか ペトロールズ とか

 

ライヴね、5時からなんだって。ちょいとむずかしいかなぁ。

 

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フラメンコライヴ

 

横川であった、小さなフラメンコのライヴに行ってきました。生のギターや歌、踊りから伝わってくるものもさることながら、そこで踊るかたや観にいらしておられるそれぞれのことを何故か思いました。歌うことも踊ることもその根っこは祝祭なんだろうかなぁ。生きていることのよろこびなのかもなぁ。みっともなくても踊ろう。しんどいときも歌おう。それがいいんじゃない? かっこよければ更によし!

 

フラメンコや闘牛の時の ” オーレ!olé ” の掛け声。日本語にすれば 見事だ! しっかり! いいぞ! だそう。じゃあ、ワタシにもあなたにも ” オーレ! ”

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冬座敷

一昨日、襟子ちゃんちの句会に行かせてもらいました。真面目に句作をしないので、にわか作りで済ませております。自由詠は手持ちを使い回すとして、兼題の句は何とかやっつけなくちゃなりません。


自分のやっつけ句のことを書くなどトホホですが、反省材料として書いておきましょ。


兼題が「冬座敷」だったので、先月の実家の法事のことを思い出して「 似た顔の打ち揃いたる冬座敷 」としました。


あとで先生に見て頂いたら「 似た顔の二三人居る冬座敷 」で良いのではないかと。打ち揃うとまで云うなら「 夏座敷 」の方が季語が生きるのではないか、と。


なるほどなぁ。云われればそんな気もしたり。よくはわからないし、勿論好みもあってかまわない。


季語は取り合わせでなく、季語が生きるように。それ以外の部分はあくまで平明に。と云われますが、なかなか本当には身に付いていかないです。


もしずっと細々とでも句をつづけていけば、先になって、今書いたことを読んだらどう思うのかなぁ ?

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よく生きるということ 岸見一郎さん

 

先日、高校生の女の子に手作りクッキーをもらいました。人のきもちの宛先になることはしあわせだなぁと何時も思います。なっちゃん、ありがとうね。

 

ますますこの頃本を読むことができなくて、どうしてとっ散らかっているのかなぁ。さておき。えーと、岸見先生のおはなしがあったそうで、その要約だけを冊子で読んだのでちょっとメモ。えーとえーと、つまりは幸福に生きるというおはなしに思えるのだけれど、先日の100分で名著のラッセルの「幸福論」からイメージはつながり。ラッセルも「他者とつながること」でしあわせになれると云っていて、そこらへんも。

 

「成功と幸福をとを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。

 成功は質的なもの、量的なものであり、他方幸福は各人のもので、質的なものである。」

 (三木清 人生論ノート)

 

幸福は存在に関わり成功は過程にかかわる。幸福は過程ではなく、何かを達成しなくても今こうして生きていることがそのまま幸福だということ。ある経験をしたからふこうになるわけでもなく、幸福になるわけでもありません。

 

対人関係のなかでしか人は幸福になれないのです。アドラーはあらゆる悩みは対人関係の悩みであるという云い方をしています。対人関係に傷つくのを恐れる人はいますが、対人関係は幸福の源泉でもあるのです。人と人との関係のなかにあって初めて生きる喜び、幸福であるという感覚を持てるということが本当だと思う。

 

対人関係に入って行くとき、自分に価値があると思える時に勇気が持てる。そのためには貢献感が必要。今の時代は生きる人の価値を生産性にしか求めないということが大きな問題だと思います。何が出来るかにしか価値を置かない。相模原のとても不幸な事件をまねいたような、そういう価値観を完璧に転倒しなければいけないと思う。

 

 

 

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藪柑子

 

ママのベランダで実を付けた藪柑子。ママが切ってくれたので食卓に。

 

用事のついでにデパートに寄りました。おせちを注文しておくためです。作ればいいようなものですが、一応年中無休のしごとなので、頑張らないで、重箱につめたおせちは毎年買います。子供たちが帰省してくれば家族は5人になりますが、作るものもあるし今年は何時もより小さいのにしてもいいなと思いながら売り場に行ったのです。

 

思案して、そしてやはり何時も通りの大きさのを予約しました。そのことに別段意味は無いけれど、今年はそうしておきました。

 

 

わたくしを好きなときあり藪柑子  池田澄子 「ゆく舟」所収

 

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