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潦 (にはたづみ)

 

前のお菓子の名前が「にはたづみ」です古語でしょうから語感がはっきりしませんが、万葉集では枕詞としてもつかわれ「流る」「行方しらぬ」などにかかるようです。雨が降って地上にたまったり流れたりする水。どこもかしこもおよそ舗装されている現代では流れが出来るという実感が薄いのだなぁ。「水たまり」とは少し違う感覚なのではないかしらん。長い雨を思わせる語ですが、どうやら季語ではないようです。

 

わが死後の乗り換え駅の潦  鈴木六林男

 

 

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映画 『 未来よこんにちは 』

およそストーリーは読めばわかり。イザベル・ユペールが演じるのを見届けることと、いわば励ましの気分を拾いたいと思って出掛けました。

 

しかし、それを拾うには至らず。ワタシ自身は今はつれあいがいることや、しごともまだそれなりに掌中にあることで直面していないけれど、おしなべてだれもかれも乗り越えていらっしゃるよねと、思うに留まり。

 

ホンマにみーんなえらい。そこらへん歩いてる誰も彼もえらい。映画のヒロイン以上にえらい。いくつになっても、年を取ればこそ、軽くなりたい。それはおそらく想像以上に実にさみしくおぼつかなくなってしまうことなんだろうな。そして、今まで以上に体当たりでいかないといけない気がしている。

 

体力は目減りしてますが、それなりの体当たりを面白がりたいものです。監督はミア・ハンセン=ラブ。

 

 

主人公のナタリーが夫と車に乗っている時に挿入されるのシューベルトの歌曲「水の上で歌う」。歌詞は『昨日も今日も 時は去っていく 私もいつか 輝く翼に乗って高みに舞い上がり 過ぎゆく時の流れから消え去っていくだろう』。

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こうの史代『 世界の片隅に 』

 

ロングランがつづいている映画に行こうと思いながら、今は日中の上映なので出掛けにくく。何となく観ないままも心にかかり。原作の漫画の方を読みました。

 

こうのさんのお母さまのご実家が呉市なのですね。ワタシもこの前親戚の法事で出掛けました。広島市と呉市。本当はもっときちんと知っておくべきことが沢山あるにちがいないのになと、うしろめたいような。

 

漫画に出てくるような、女の子のつかう古い広島弁。そうそう、今もつかうかたがいらっしゃいます。やーんわりとしている。

 

はずかしく思うのは、自分の欲張りすぎなことかなぁ。自分の居場所を大切に思うきもちのいい加減さというか。暮らしぶりそのものかなぁ。自分の怠惰さかなぁ。

 

戦争のこと。戦争になったとしたら。戦争にならないように。ごく簡単に捨てられ、理不尽に踏みつけられ奪われる大切な大切なもの。

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ピクルス

 

うかうかと一週間が過ぎました。これというはかばかしいしごとぶりを見せておらぬと云うことは、遊んでおったのでしょうけれど、なんじゃらほい。そうそう、熊野筆の職人になるために研修にいくお人の壮行会をやったり、うーんとうーんと、他に何をしていたのやら。

 

特別に上手に出来るわけでもないですが、この前からプチピクルスブーム。プチトマトも入れるのもおいしかったし、今夜の分にはうずらの玉子をいれてみましたが、どうかなぁ。人参は少し固めで、大根と胡瓜がやはりよろしく。赤玉葱もきれいでおいしかった。あとはセロリにパプリカに新玉葱。

 

思えば何故か、ワタシには、ピクルスというものは真夜中の遊びめいていて。真夜中にふと思い立って漬けるのがつね。昼間に漬けた記憶は皆無。まあ、料理というほどのものでもないですもんね。

 

 

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モダンタンゴ五重奏団 with 小松亮太 2017

 

タンゴの何たるかも知りませんが、うきうきだか、わくわくだか。感情を揺るぶられるだか、何処か官能的でもあり。

 

しばらく前に無性に生の音楽が聴きたくなりました。近所で、出かけられる時間で、何かライヴは無いかしらとうろうろしていていたら「モダンタンゴ五重奏 wth 小松亮太」に出くわしました。

 

そして五月。初夏の宵。高層ビルの上の方。19階にあるライヴハウスに出かけました。

 

モダンタンゴ五重奏団の方たちは広島の演奏家で、広島交響楽団に所属なさっている方が中心のようです。小松亮太さんと大貫妙子さんが一緒に作られたCDを買って毎日聴いていたのは何時かな?と振り返るともう2年も前のことのようです。時間の流れ早い早い。

 

さておき、心地よかったです。音楽を聴きに出かけるという行為そのものが女性に占められているのか、タンゴだからなのか。2日間の各日80人定員でしたが、出かけた日の聴衆の大方が女性のように思われました。

 

タンゴの高揚とごく軽い酔いに身をまかせている時。やっぱり男の子と一緒がいいかもね、なんて。うふふ。それぞれそのことはかなわないことなのか、或はそうでない時間を選択しているのか。そんなことを思いながら大人の女性たちの並んだ背中を眺めたのでした。

 

 

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藤沢周平 著 『 一茶 』

 

思えば他にも井上ひさしさんの一茶、田辺聖子さんの一茶があるのに読んでいません。藤沢周平さんが造形なさった一茶は、思いもよらず地を這いまわるように生きた一茶で、興味をひかれていっきに読みました。

 

音楽や絵画にしてもはっきりと点数がつくというものではないでしょう。そのはっきりしないものをよすがに我が口を養って生きていくということのはらんでいる引き裂かれ方というものは何時の時代も同じなのかもしれません。

 

赤裸々な告白や感情を句にぶつけることを良しとするかどうかは別として、人の心に残る一茶の句。句は平明に詠めと言われるけれど、当たり前のつまらなさとは裏と表。

 

句にとりつかれてている人は毎日まるで病のように詠み続けるものらしいですが、一茶の句は無造作なものも含めて膨大。そしてその風狂ぶり。

 

「痩蛙まけるな一茶是にあり」や「やれ打つな蠅が手を摺り足をする」から受ける善良でやさしい人といったイメージはみごとに打ち砕かれます。

 

老年になってから一緒になった若い妻と淫蕩ともいえる時間をもった人だったというのは知っていましたが、あくどいほどのやり方で義弟との遺産争いのしのぎをけずったことや、悪態や自嘲を吐き出さずにいられない人であったこと。

 

どのように生きたとしても人というものは愛おしい。そのように読み終えることができるのは藤沢さんらしい味わいなのでしょう。

 

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今年の蓮

 

 

 

今年は花が早いそうです。もうすこし葉っぱが大きく茂ってから咲いて欲しいところですが、もう蕾が沢山ついています。

 

 

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映画 『 マイ・マザー 』

 

「たかが世界の終わり」がたのしかったので、グザヴィエ・ドラン監督の作品を観てみたくなりました。本作は6歳の時から子役を始めた監督本人が17歳の時に書いた脚本を自ら監督・主演。19歳での監督デビュー作です。早熟だなぁ。

 

ストーリーは2人暮らしの母と息子の思春期の微妙な関係。題材は誰もが経験する成長のための通過儀礼ですが、どうしてこうもきちんと見せることができるんだろう? ひとりよがりになることなく、10代のころの母親へのザラッとした嫌悪感をよみがえらせます。しゃべり方、食べ方、態度。

 

この早熟な監督の洗練され方を感じることも含めて、作品全体の魅力なのでしょう。

 

 

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錫の皿

 

錫の菓子皿。いよいよ今からの季節につかわなければつかう時がありません。思いのほかうんと黒ずんでいて、去年の夏は磨きもせずつかいもせずに過ぎてしまった気がします。

 

戸棚の奥に銀磨きのクレンザーを見つけましたが、乾いてかたくなっていました。ねっとで見るとどうやら歯磨き粉で大丈夫らしい。

 

何のことはありません。歯磨き粉をつけた古布巾で裏も表もキュッキッ。洗い流して、乾拭き。新品ほどのうっとり感は無いもののつかいこんだような風格? へへへ。

 

ワタシにはこれで十分です。さあて黒糖ゼリーでも作ろうか。それか、水信玄餅かな。

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梔 子

 

ママの部屋のベランダの梔子がさかりです。鉢植えなのに大きな花がどんどん咲くので、ママは木が痛むのではないかと思うらしく、どんどん切って部屋中が梔子をいれた花瓶だらけ。ワタシも分けてもらいました。

 

山梔子の花の晴間へ乳母車       中村 汀女

山梔子の香が深き息うながしぬ    中村 汀女

山梔子の匂はゞ匂へ中年過ぎ     鈴木 真砂女

花梔子ぼういふれんど娘にあらば    角川 源義

男子学生くちなしの花嗅ぎゆけり   鹿野 佳子

夕食の後の無聊や花くちなし       高原 節

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