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若竹千佐子 著 『 おらおらでひとりいぐも 』

  河出書房新社HP

 

つれあいを失って悲しくてたまらないけれど、何処かで解放されたと感じる。それはおんなの中に必ずあるのじゃないだろうか。失って何年かはきっとそこに、長く守ってきた居場所のかたちがまだあるのだろうけれど、それがだんだん、おそらくなーんにも無くなっていくような。老いてゆく。迷惑をかけていないのなら生きていてもいなくても誰も困らない。それはとっても広やかであるだろうけれど、どういう理屈で立っていればいいのかを考えないで済むというものでは無いのだろう。おそらく。自分をてなづけないと。

 

宮澤賢治が最愛の妹のとしをなくして書いた詩「永訣の朝」にある「Ora Orade Shitori egumo」というローマ字の一行からとられた題名であるということを知って、永訣の朝も読み直しました。賢治は賢治、この小説はこの小説、ですけれども、東北の文化なのか賢治自身なのか、そこはもちろん通じていました。行くのは死ぬことでもあり、生きることでもあり。

 

この小説は「人生を肯定的に」とか、「老いの意欲と自由」とかと評されているそうですが、ワタシはそんな威勢のいいふうには感じなかったです。最後のところは過去の人々が時間を積み重ねてきたことの上にある自分や、此岸と彼岸や、いろんなふうにイメージは重なっていっていました。イメージは開かれていて明るいのですけれど、ワタシは正直やっぱり年をとるのはやわじゃないぞ、と。

 

誰もがこの主人公である桃子さんは自分だと感じる、そのモデルを提示してくれていたのでした。その感じあるね、というそのアイコンとでもいうか。老いて行くとき、時代が移ることで労力を払って重んじてきたものが価値の無いものになったり、自分自身も重んじられることが無くなったりする無惨をあきらめて、軽やかになっていければねーと思うのですけれど。

 

 

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春の日

  

 

もう1カ月も前のことですが、会期の最後の日にひろしま美術館と県立美術館をはしごしました。その欲張りといったら何なんでしょーね。その頃にもずいぶん春らしく明るくなったと思って歩いたのですが、このごろでは気温もだいぶ上がってきました。

 

出勤をしないので朝はのんびりスタートです。すっかりなまけているので、どーも今日はさらに億劫だなぁなどと思う日も少なくなく。もたもたしていてしばらくしてみると、なーんだ今日は気温が低かったんだなぁなんてこともよくあります。どうやら変温動物みたいです、ワタシ。

 

春はうれしいですね。

 

 

美しき春日こぼるる手をかざし    中村汀女

カナリヤは逃げて春の日くれにけり  正岡子規

古椅子に倚れば全き春日なり     細見綾子

自転車がひいてよぎりし春日陰    波多野爽波

春日傘まはすともなく回すひと    鷹羽狩行

 

 

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踏 青

 

3月になりました。早いですね。あのカイロを貼りまくっていた寒さが懐かしいくらいです。明るい陽射しがうれしくて。並べてある蓮の大甕全部を春の水で満たしました。

 

「青踏」では無くて、「踏青」という言葉に会いました。春の草を踏んで遊ぶこと。春の息吹に満ちた野山を歩いて、春の気をたっぷり心身に受けとること。お節句の日にそうして野遊びをする慣習なのだそう。

 

「浜下り」というのもあって、浜や川に出掛けて清らかな流れを感じ、潮干狩りをしたりする地方もあるとか。

 

貝のお汁や蕗の薹の天ぷらを食すのも愉しそうです。

 

踏青の浮桟橋に行きあたる   蘭定かず子

踏青やおもちやのやうに電車過ぐ奥田順子

 

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平野啓一郎 著 『 マチネの終わりに 』

 特設サイトhttps://k-hirano.com/lp/matinee-no-owari-ni/

 

いやはや。今はテレビドラマはわりとたのしみに見ています。何時の頃かずっとドラマも見れない時があって、今はのんきな気軽なのだけがすき。今のレギュラーは、マツジュンとキムタクと石原さとみ。ふふ。お気楽でしょ。

 

本も読めなくなって、お布団で読むのが至福なんて気分も長く味わっていなくて。まあ、元から読書家とかではないのですけども。恋愛小説なら読めるのではないかなぁと。何処かで薦めていたのも記憶にあって手にしました。

 

たのしかったです。展開にはいささか無理が?とも思いましたが、苦しくなることなく、心が、感情が揺らされました。ギタリストの男性と海外の通信社に勤める女性の、40歳あたりの大人の、抑制のききすぎているともいえる恋。恋愛小説の芯というものはあのすれちがいの「君の名は」と同じことなのか?とか思いつつ。恋愛小説というものは、ふたりのきもちが上手く通じて溶ける合うことを祈るように読みすすめるのが醍醐味なのかも。

 

作者の言葉を借りた方が早いので、借りてしまうと。 小説の中心的なテーマは「恋愛」ですが、そこは僕の小説ですので、文明と文化、喧噪と静寂、生と死、更には40代の困難、父と娘、《ヴェニスに死す》症候群、リルケの詩、……といった、硬軟、大小様々なテーマが折り重なって、重層的な作りになっています。もちろん、全篇にわたって音楽の存在は重要です!

 

重層的なテーマについてはちょっとわかってる気分にしてもらえるのが面白味です。ワタシ自身は恋愛について考える時期にはありませんけれど、若者の恋では無いというところに心を近くすることができました。思い通りにならないこと、経過してしまう時間だとか。

 

繰り返し出てくるモチーフは「過去は変えることができる」ということで、過去の意味づけが変わることで自分の存在の核を置き直すことが出来る。長い時間の流れを受け止めてきた大人。そのことで変わっていけるとすれば人生の妙なるあじわいに違いありません。

 

カタルシスを味わえないまま終わるのかなぁと少し不安でしたけれど、それなりに。

 

 

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大石静 阿川佐和子『 オンナの奥義 』

 

今日はね、お花の先生に義理を果たすべく、お若いお家元がやってくる研修会に参加の予定だったんですよねー。なかなか思うようにはまいりませず。とはいえ、まあ、それくらいのことどーってほどのことでもないですわねー。おほほ。

 

読んだところで想定内とわかってはいましたが、一応読んでおきました。うんうん、想定内。

 

研修会に行くつもりでしたから他のしごとは断っていて。日曜日の、サンサンと、冬のお日和の午後の日差しが差し込む、ぽかぽかのリビングで読みましたとさ。ソファー用のもふもふ毛布にくるまってね。

 

大石さんだとワタシより10こ上。阿川さんだと8こ上ですかね。年を重ねるってことは見渡せる景色の遠くまでの連なりが想像できたりとか、浮いたり沈んだり幸運や不運が人を翻弄するってことが実感できるってことになるのかなぁ。

 

基本、自己充足できてないといかんなぁとか思いつつ。

 

ふだんお稽古事とかしていて、物おじしない人っていうのがいるなぁって思います。その素直さってものは持ち物だし、ある種の自信の上にもあるんだろうなぁって。それは感じがいいし、ちょっぴり妬ましい気もするんですが、阿川さんにはそういうところがあるような。

 

「ふたりっこ」以来、蔵さんがメジャーになった「オードリー」なども介して大石さんは好きな女性。ご本人曰くあれにもこれにも懐疑的で悲観主義だそう。ならこそ人の気持ちの機微にふれるセリフが書けるってものでしょうか。熱量が高く、柔軟で、正しくないところが魅力かと。

 

まわりの人を傷つけることなく自分を語ることは難しく、のどかな無駄話のようになってしまったと、あとがきに書かれていたけどまさしく! ま、それはそれでいいんじゃ、ね?

 

 

[ 女子のじかん ] comments(0) / trackbacks(0)
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春のスカート

 

ナイロンタフタピスタチオの短め、同じく長めのマゼンダ、スポンジ生地のプリント。どーして要るのか、ただ買いたいだけなのか? よくわからないですが。まあ、いいかいいか。春だもんねー。

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立春寒波

 

立春寒波ということばをはじめて聞いたように思います。たしかに節分の頃は本当に寒い。春は名のみのなんとやらですね。空は明るくて日暮れも遅くなりましたけれど、もうしばらくの辛抱です。

 

チーズケーキを焼きました。むかし、たぶん、一度か二度は焼いたことがあるように思いますが久しぶりです。焼いてみようかなと思うってことは、気分のゆとりがあるんだな、ワタシ。

 

チーズケーキも焼ける自分になるってことは、少し変身というか。大袈裟に言うと新しいじぶんというか。ふふ。

 

おばちゃんが、おはぎとかお寿司とかクッキーとかをいっぱい作ってみんなに振る舞うあの感じ、このごろよくわかるなぁって思います。何か気持ちを満たしてくれるみたい。

 

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二 ン 月

 

短日の斜めの雨となってゆく  大峯あきら

 

一月の晦日、大峯あきらさんが亡くなりました。88才でいらしたそう。お歳にもおしごとにも不足は無いように思いますが、本当のところはどうでしょう。

 

新年、毎日新聞に私が選んだ今年の秀句という紙面があり、大峯さんの選も出ていました。

 

そこに添えられた文は、こう。「すぐれた俳句というものは季語を使って自我の独創をかたるのではなく、そんな自我が季語によって破られた場合の詩のようである」。

 

めぐる季節、いのちの宇宙。

 

関連 大峯あきら句集「短夜」

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おざわゆき著 『 傘寿まり子 』1〜5

  講談社コミックプラス

 

5巻まで1度に買ってしまいました。80歳のまり子さんが家出して、冒険していくストーリーです。うまいこと説明できませんが、人生の、おそらく先の時間がわりと短い時になって、これまでこつこつと積み上げてきたものは簡単に意味のないものになってしまうその感じ、わかるなぁ。

 

無惨でもありますが、帳消しになったぶん身軽で自由でもある。でも体力は無いし、、。まり子さんはネットカフェに寝泊まりしたり、捨て猫を拾ったり、むかし好きだった人と一緒にくらすことになったり・・。まあ、マンガではありますが、無いことでは無いだろうなぁ。

 

昨日だったか金を飛行機で密かに運んだ事件で、捕まった女性をニュースで見ましたが、70代半ばくらいでいらしたかと。活動的であるかいなかに関わらず人生は終わる時まで本人が主人公なんですよねーー。

 

年をとることの無惨さや、マンガの中にも出てくる立場の弱さやそういうこと・・。ワタシにも本当にはわかっちゃいませんが、ママと一緒に暮らしていますし、実家のハハのことを思っても、そのなかで足元しっかりに機嫌よく暮らすことは相当の高度な技なんだろうと思います。

 

高齢で同居する家族のある人の方が、ひとりくらしの人の方より自殺率が高いというのはよく言われることですが、ヒトというものは関係性の中に生きるいきものなんでしょうね。ひとりとして立つということのつらさもありつつ、関係性の中の弱者でいるよりも楽な部分も少なくないのかも。

 

ママと暮らしていて、こうあって欲しいというワタシのきもちを押し付けるのはよくないなぁということを何時も思います。物理的にはつねに手助けする立場であっても、ママの人生はワタシの持つよかれと思う基準とは関係なく、ママのきもちの赴くようにしなければならないことです。

 

年齢にかかわらずパワフルであったり活動的であったりするのが偉いと思うのもあやまったことでしょう。しかし風通し良く、きげんよく出来るのがいいなぁ。出来ればいろんなこだわりのきもちを捨てることが出来たらいいなぁ。諦めるは明らかに観るだぞ。

 

今日も実家のハハに「孫の進学先のことなどおかさんと関係ないことよ」と言いました。酷い言い方だろうとも思いましたが、できたら振り切って欲しいと願うワタシのきもちを伝えたかったのです。実の親に対してだから言えることかもなぁ。

 

さておき、何年かの間、中年女子の生き直しだとか自由や自立、子供が成長したのちの再スタートのことを興味深く思っていましたけれど、まだまだまだまだその先にも冒険旅行はつづいているぞ!ということですね。わかっているようで、直面しないとわからないのかもしれません。

 

ママにもハハにもしっかり生きてもらって、しっかり見せてもらうぞと思っています。まり子さんのこれからの進展もたのしみです。

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切手シート

 

ワタシは年賀はがきの当選を調べるのが嫌いです。嫌いというか、面倒だから調べないのです。一方ダンナは毎年几帳面に調べる派です。

 

「今年は早く交換して来てね」と手渡されて、昨年はダンナから預かった当選はがきを無くしてしまったことを思い出しました。交換を一日伸ばしにしているうちに何処かにやってしまったのでした。

 

ワタシの手元にある分はもちろんまだ調べてないですが、とりあえずダンナから預かった分は早くもらってこないと! というわけで、郵便局に。

 

可愛いですね、切手シート。

 

もしダンナが「交換して来て」と言わなくなる日が来たとしたら、今のことを、あの頃はよかったなぁぁと思うのかも知れません。

 

ふふ。ワタシの方が長く元気で生き延びる想定なのも可笑しいですけどね。

 

ささ、ワタシの分も調べましょ。

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